頭上には星、地上には石、そして旅人の身には星と石。 「いいえ、あれはカノープス。祝福はレグルス。獅子の心臓を彩る、太陽の道に座す導の星ですよ」 視線の先に散らばる光へ目をやると、否定の言葉が返ってきた。 「あの星に縁の……少しばかりの面倒事を、思い出しただけです。つまらない話はよしましょう」 ゆるりと首を横に振って、手にした荷物を持ち直す。かちん、と小さくガラスの触れる音がした。 天幕の中、一夜の宿に立ち寄った旅人が、この夜もまた、己の旅路について語る。 「きちんと磨いて手入れすれば、この薔薇輝石ももっと艶が出るのですが。この、ざらついた煌めきが気に入っていまして、ね」 レグルスの祝福をうけたという旅人は、愉快げに微笑みをこぼし、薔薇輝石の痣を軽く指でなぞる。揺れる火影がそれを彩り、熟れて割れた果肉のような紅色に、ちらちらと白が反射した。 「ええ。ふふ、皆さんよく仰いますよ、血かと思ったと」 探し物は杯だという。水晶でも石膏でも金銀でもない、嘘のような材質でつくられた杯があるのだと。 「水で出来た杯……生命の聖杯、でしょうかね。たとえば、持ち主に永遠を約束するような?」 木を削りだしただけの簡素なコップを、そっと優雅に傾けて、毒の気配を含ませた声が先刻よりも更に深く笑う。 注ぎ足された果実酒が跳ねて、一滴、真新しい赤が旅人の指先を染めた。 「……ふふ、冗談ですよ。そんな代物は、与太話の大好きな酒妖精からでさえ、聞いたことはありません」 一転して毒気の抜けた微笑みは、からかう風情。 「存在のすべては、いつか終わる」 最後の一口を飲み干して、達観した瞳が空の器を視線で撫ぜる。 「あらゆる生命は、いつか終わる。神にもその摂理は覆せないでしょう。――では何のために、その杯を探すのか? ……夢のため、とだけ、お答えしておきます」 天幕の外には、変わらない満天の星が広がっていた。 「なかなかに楽しい酒盛りでしたよ。良い夜を。あなたにも星々の祝福があらん事を」 旅路は、まだ続くのだろう。
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