幻想地球系の旅人たち
アンタレス/雲母

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 さそりの心臓に灯った赤い火、アンタレス。旅人にはその祝福があるという。夜を迎えて吊るしたばかりの灯火に、白と金の、雲母の髪――薄い層を幾重にも繊細に連ねた、精緻な輝きがよく映えていた。 「絵描き……盲目の絵描きを、求めている」  ……色、光、移ろい瞬く数多の景色。己のまなこでは見ることはかなわない、世界の姿。  決して捉えることはできないであろうそれを、絵筆で掬い上げ写し取る絵描き、そんな探し物をしているという。  描かれる絵は、何を映し出したものになるのか。  旅人は何を求め、その絵描きを探すのか。  問い掛けた、いつもの言葉には、静かな――水面にそっと葉を浮かべるような、繊細で穏やかな、淡い返答。 「約束、が――」  続いたであろう言葉は、梢を激しく揺らした疾風に飲み込まれた。  強く響いた葉擦れの喧騒に、自然、会話は途切れ、しばし穏やかな沈黙が寄り添う。 「果たされずとも、構わない」  ふ、と旅人は手の内の杯へと視線を落とし、続く独白をそうっと夜の中へ放って、微かに笑みを見せた。 「この約束が果たされるのか、この願いが叶うのか。それらの結果は些細なことで……ただ、約束があるだけで充分なのだから」  見上げた空には星々の光。おそらく果たされることはないであろう約束は、交わしたという事実だけでもって、旅人の光となったのだろうか。それとも、果たされない……終わらない、ということが、救いなのか。  どちらからともなく仰いだ空に星は遠く、夜明けはさらにまだ遠く。  けれど、いかなる遠さであれ、旅人たちにとって遠すぎるということはない。  ともすれば虚しさだけが募りかねない道行きに、祝福の星がひとつ赤々と、温もりを差し出すように輝いている。 「レグルスがよく見えるから、今夜はきっと良い夜になる」  そう微笑んで天幕から去った旅人は、交わしたという約束を杖として、遠く、どこまでも、己の旅路を往くだろう。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません