あかね
あかね(2)-2

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 祭り会場は盛況でした。  街中の人が集まっているのではないかと思うほどに。  広くない境内の、参道の両側には縁日が立ち並び、参道は端も真ん中もないと言わんばかりに、人が往来していました。  昼から行われているはずの祭りは、宵闇迫るあの時間に丁度、最も盛り上がっていたのでしょう。 「ねえ天音さん、迷子になったら、あの杉の木の下で落ち合いましょう」  そう言って茜が細い指で示したのは、本殿の横に立つ、立派な杉の木でした。  しめ縄が施され、すくりと立つ姿は、まるで守り人のように心強く見えました。  本殿に向かって歩き始めたところで、私は、りんご飴に目を引かれました。  当時から甘いものが大好きでしたのと、それともうひとつ。  薄暗くなった空気の下で、屋台の豆電球に照らされた紅の飴は、茜の色に輝いていたのです。  私は思わず飴を一本、手に取っていました。  もうお小遣いを使うの、と横で茜がからりと笑っていて、私は笑うも拗ねるもできず――きっと変な表情をしていたでしょう。  だってあなたの色だもの、と言いかけた言葉は、お金の授受をしている間に、とうとう飲み込んでしまいました。  りんご飴は小さな袋に入れてもらい、手首から下げて、私たちは再び連れ立って歩き出しました。  参道を中程まで進んだところでクラスメイトの姿を見つけ、私は茜に声をかけようと横を向きました。  けれど彼女は、そこに居りませんでした。  どこに行ったのだろう、と振り返ると、屋台の前で佇む、茜の儚げな姿がありました。  それは私が立っていた場所から参道に沿って五歩ほど後ろ、屋根もない、普通に歩いていれば気づきそうもない屋台でした。  実際、周りの人は気にもとめず、はなからそこには何もないかのように、通り過ぎていくのです。  地面に蓆が敷かれ、小箱に白い布をかぶせただけの陳列棚がちょこんと置かれていました。  その上には、白塗りに朱で化粧が施された狐のお面が三つほど、並んでおりました。  茜さん、そのお面を買うの。私にはもうお小遣いを使うのかなんて言っていたのに。でも、きっとあなたには似合うわ――  胸から湧き上がってきた揶揄からかいの言葉は、発する前に、頭の芯から空へ抜けていくように感じました。  目の前の光景に、私は文字通り、言葉を失っていたのです。  茜の眼は、お面ではなく、まっすぐに売り子の方へと向いていました。  小さな木の椅子に腰かけ、狐のお面をかぶった、顔の見えない男性。  白の着物に黒の袴姿で、面の後ろからは短い白髪が飛び出していました。  おじいさんなのかしらとも思いましたが、膝の上に置かれた手はごつごつとしながらもみずみずしく、まだ若い男性であることが伺えました。  その方もくいと顎を上げて茜の顔へと面を向け――  まるで二人は、恋人同士のように、見つめ合っておりました。  茜さん、と呼びかけようとした私の声が、今度は喉もとで引っかかりました。  ああ、これは邪魔をしてはいけない、二人の世界なのだ、と頭の片隅で悟ったのです。  一目ぼれなのか旧知の仲なのか、街に来て数か月の私には判断のつきようもなく。  ただ、茜が自分の知らない世界を持ちあわせていたことを知って、心の臓がひんやりと冷たくなりました。  茜がどこかへ行ってしまう。私の知らないところへ。なぜだかそんな思いが沸き起こり、私は無意識に一歩踏み出していました。その時です。踏み出したその右足の鼻緒が、ぷつりと切れたのです。

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