作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 練習を始めてもう十日が経ち、今日はオーディションの当日の金曜日だ。 「じゃあ行ってくるね、雪。ヒロイン役、ゲットしてくる」 「うん、ももか、ずっとがんばってたもんね。応援してるからね!」  雪と別れた後、あたしは洗面所によった。髪の毛が丸まってないかをチェックし、リップをぬり直す。にっこり笑って、表情がかたくないかチェックする。  よし、大丈夫。行こう!  先週からみっちりと演技の練習をしてきた。きっとうまくいくはず!  オーディション会場である視聴覚室の扉の前に立ち、あたしは深呼吸した。  大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせ、意を決して、その扉を開けた。 「……失礼します。……って、えええっ? どういうこと?」  視聴覚室のなかで、女の子がぎっしり行列を作っていた。 「はーい、押さないでねー。この紙に名前を書いてねー」  何人かの映画部員が列の整理をしていた。そのうちの一人、バカ蓮が、こちらに近づいてくる。 「……ねえ、ちょっと。これどうしたの? こんなに大勢」 「どうしたのって、みんな女優志望だよ。モモ瓦と同じ、ヒロイン候補」 「え! これ全部!?」  室内を見まわすと、ざっと五十人くらいはいるだろうか。 「こんなにいたら、あたしなんて無理じゃん! 四、五人かと思ってた!」 「何人だって同じだろ? モモ瓦は練習してきたんだから、成果を見せればいいだけだ」 「……そう、だけど」  蓮と話していると、列のまんなかあたりから、強烈な視線を感じた。  なんだろう、と、よく見てみると、星愛姫がこっちをにらんでいた。  星愛姫はあたしと目があうと、ふん、という感じに顔をそらす。 「……星愛姫も、いるのか」  それにしても、一体なんだってこんなに大勢、と思っていたら、岬センパイが部屋に入ってきた。視聴覚室の女の子たちが一斉に華やぎ、きゃー、わー、と拍手する。 「みんな、僕の映画のために集まってくれてありがとう! 心の底からうれしいよ。今日はお待ちかねのヒロインオーディション、こちらはカメラマンの反町冬季也くんだ」  紹介された反町センパイが、メガネをくいくいあげながら、あさってのほうを向いて早口でしゃべりだした。 「じゃあちょっと、映画の話を。『ハートに火をつけて』や『ヘルレイザー4』などを手がけたアラン・スミシーという監督がいるんだけど、なんとこの人、現実には存在しない架空の人なんだ。実はこれ、監督の名前を表示したくないときに、使われる偽名で――」 「うん、ありがとう、冬季也。つづきはまた今度」  反町センパイの映画うんちくをさえぎって、岬センパイがつづけた。 「それで今日は順番に、カメラテストをしたいんだ。みんなのお芝居を、カメラを通して僕に見せてほしい。そして、いいかい? このなかからヒロインを、えらばなきゃならない。でも最初にこれだけは言っておくよ。僕は、僕はみんなが、みんなのことが――」  岬センパイが、全員を見わたした。 「……大好きだよ」  女子たちが、キャー! などとさわぎ、拍手した。指笛がピーと鳴ったり、「岬さ~ん!」などと黄色い声が飛ぶ。 「……まじか」  あたしはぽかんとしながら、みんなの様子をながめた。  ぶすっとした表情をしている星愛姫以外、女の子たちはみんな目を輝かせて、きゃあきゃあさわいでいる。そりゃあ岬センパイは人気があるんだろうと思っていたけど、まさかここまでとは……。  そのとき、きらりーん、と音が聞こえた気がして、あたしは顔を上げた。岬センパイが、こっちに向かってウィンクしている。  人数が多くたって、ひるむことはない――。  それはそんな、あたしだけに向けられた……、特別な……、合図なの……?? 「台詞はホワイトボードを見て、カメラに向かって、それぞれの演技をしてほしい。じゃあ、早速、始めようか。一番の女の子から」  反町センパイがカメラをかまえ、岬センパイがモニターを見つめた。  部員の一人が、光を集める板(レフ板というらしい)をかざす。  蒼月蓮がカメラの前に、拍子木のようなもの(カチンコというらしい)を差しだした。 「いきます、よーい、スタート!」  蓮がカチンコを鳴らすと、受付番号一の女の子が、カメラを見つめながら演技をした。 「『ごめんなさい、私やっぱり、ついていけません。志布志市、志布志町、志布志の、志布志市役所には行けないんです。だから、お願い! センパイ!』」  女の子は早口言葉のまざった謎の台詞を読んだ。 「……はい、カット! オッケー、次の子いこう」  岬センパイは資料にメモを取り、次の子が呼ばれた。  ――僕は、ももかちゃんに優勝してほしいって、思ってるんだよ。  そう言われたことを思いだし、あたしは気持ちを強く持とうとした。  センパイの期待に応えるんだ。そしていっしょに、レッドカーペットを歩くんだ……。  たいていの人は一言、演技して終わりだった。ときどき、やり直しをする人もいるし、別の言葉で追加演技をする人もいる。 「……はい、カット! オッケー、次いこう」  ゆっくりと列は進み、四十九番のあたしの番が近づいてきた。  目を閉じ、深呼吸する。高まる緊張のなか、やがて、あたしはカメラの前に立った。 「いけるかな?」  モニターを見つめる岬センパイが言った。 「……はい」 「じゃあ、いきます」  蓮がカメラの前で、カチンコを鳴らした。 「よーい、スタート!」 つづきはこちらをご覧下さい。 https://tsubasabunko.jp/special/sp2009-a.html

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません