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 あたしにはヒミツがある。絶対に絶対に、だれにも知られたくないヒミツが――。  特別な朝。じりりりと目覚まし時計が鳴る前に、あたしは飛び起きた。  窓をあけて、すうー、と息を吸いこむ。  冷たい空気はとっても気持ちいいけれど、ここは正真正銘、なにもないド田舎だ。目の前には山しかなくて、コンビニとかスーパーとかそういうものは一切ない。  だけど今日からあたしは、山を下りた先の街にある奥河内高校に通うのだ。  鬼瓦ももか、十五歳、今日から女子高生!  じりりりりりりり――。 「ぎゃあ!」  いきなり鳴った目覚まし時計におどろき、ふりむきざまに、ばん、とボタンを押した。 「……ん? あれ? し、しまった」  アラームの音を止めたつもりが、時計の息の根を止めてしまったようだ。トラ柄の目覚まし時計が、おせんべいみたいに、ぺしゃんこにつぶれている。 「あー! お気に入りやったのに~」  こういうとき、自分の怪力がうらめしい。落ちこみそうになったけど、ダメだダメだ、と首を振る。目覚まし時計が鳴ったということは、もう朝の準備を始めなきゃ!  だって今日から高校デビュー!  鳥の巣みたいな髪型を直して! 色つきリップもぬって!  むん、と気合いのこぶしをにぎったあたしは、着替えようとタンスを開けた。すると……。  う、うそでしょ……!??  タンスのなか、あたしの下着にまじって、どでかいトラ柄パンツが入っていた。 「ちょ、ちょっとちょっと! ちょっとこれ、どういうこと! お父さん!」  あたしは居間に下りていき、ピンクのエプロン姿のお父さんをにらんだ。 「これ! お父さんのだよね!?」  あたしが投げつけたトラ柄パンツを、お父さんは、ひょいとよけ、卵焼きを器用にくるくると巻いた。 「ああー、まちがえたわ。それよりそのパンツな。ええ生地見つけたから、父さん、自分で作ってみたんやで。ももか、お前のも作ってやろか?」 「いらんわ! 全然いらん!! 早くそれしまって!」  今日は大切な日だというのに、朝から見たくないものを見てしまった!   あたしはぷりぷりしながら、ちゃぶ台の前にすわった。 「まったく……。ほら! お父さん、またツノ出とるし!」 「ああ、そうやったな、わすれてた、わすれてた」  お父さんは、クマがはくような大きな息を、ばふうっ、とはくと、目を閉じた。  頭の上に出た二本のツノが、やがて、しゅるるん、と引っこんでいった。なんでも阪神タイガースが負けたときのことを考えると、お父さんのツノは引っこむらしい。 「なあ、ももか、今日は何個食べるつもりや?」  鬼瓦家の朝はいつもベーコンエッグ入りの"おにぎらず"(素手でにぎらないで作ったおにぎりのこと)と決まっていて、今日もちゃぶ台の上に、それがずらっとならんでいる。 「一個」 「えええ!?」  お父さんがぎょっとした表情でふりむいた。 「お前、今日から高校生やから、てっきり七個は食べるんかと」 「女子がそんなに食べるわけないやろ!」 「おはよー、朝からなにさわいどるん?」  妹のりりかが顔をだした。りりかは、あたしと入れかわりで、今年から中学生になる。 「いや、ももかがな、おにぎらず一個しか食べへん言うて」 「え!? お姉ちゃん、いつも五個は食べとんのに」 「今朝はいそがしいから、いいんだってば!」 「おはよー、ぼくは三個」  りりかの後ろから五歳のたいがが顔をだし、鬼瓦家の全員が居間にそろった。ネコのトラゴローも、台所でにゃあ、と鳴く。  おにぎり(鬼切り)というのは縁起が悪いから、おにぎらず(鬼切らず)――。  うちは大阪府の河内長野市、神ガ丘で何代もつづいた、鬼の一家だ。昔はもっとたくさん鬼の家があったらしいんだけど、今ではもう、このあたりではうちだけだ。  鬼瓦なんてモテそうにない名字、あたしはすごく嫌なんだけど、「うちは昔、モモタロウと戦ったこともある由緒正しい鬼の一家なんやぞ」とお父さんは言う。  あたしは自分が鬼だと絶対にバレたくないから、こうやって家にいるときでもツノを引っこめている。高校でも絶対にバレたくないし、バレたらあたしの青春は終わると思っている。  鬼バレ=社会的死、だ。  なのにお父さんは、たまにツノを出したまま外を歩いたりするので、最近ではあんまりいっしょに歩かないようにしている。

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