翌日の朝、学校に行くと、クラスの女の子たちがうわさ話をしていた。 「ねえねえ、昨日の放課後、野球部の人が、ヤッベーもの見たんだって!」 「え、なになに?」 「なんかね、鬼がイケメンかついで走ってたんだって」 「鬼が!? イケメンを!? かついで!? まじで!?」 「うん。速すぎてよく見えなかったらしいんだけど。あれはたしかに鬼だって!」 へ、へー、そうなんだ、という感じをよそおいながら、あたしはそそくさと席に着いた。 昨日はあの後、センパイをかついで保健室に運んだ。保健の先生には、イノシシが突撃してきたと言ってごまかした。なぜだか先生も岬センパイも、あっさりそれを信じていたけど――。 「おはよー、ももか。あれ? どうしたの顔赤いよ。真っ赤っ赤だよ」 「そ、そう? 別になんでもないよ」 いやーやっぱり赤いよー、などと言う雪の話をそらすように、あたしはつづけた。 「ねえ、それより、あたし決めたよ。来週のオーディション、受けることにしたんだ」 「へえー、いいじゃん! 岬さんになにか言われたの?」 「うん。センパイは、あたしに優勝してほしいって言ってくれて。練習方法も教えてくれたから、昨日の夜から特訓してるんだ。あたし絶対、オーディション受かりたいから!」 「おー! じゃあ、ついに始まったんだね、ももかの青春!」 「うん! めっちゃ青春する!」 「へえー、わたしもがんばんなきゃなー、どこかに仮入部しちゃおうかなー」 がらがらがら、とドアが開いて先生が入ってきて、あたしたちのおしゃべりは終わった。 がんばろう! そんなふうに思える目標ができると、世界は輝いて見えるみたいだ。 空はいつもより青く見えるし、授業だっていつもよりおもしろく思える。 先生やクラスメイトの動きやしゃべり方を、あたしはじっと観察してみた。みんな同じようでいて、自分とは少しちがう。人の動きをよく見て、自分だったらどうするかをイメージする――。それが演技の勉強の第一歩だと、センパイは昨日、保健室で教えてくれた。 こっそり下を向いて、あたしは表情の練習をした。 うれしい顔――、悲しい顔――、怒った顔――、笑った顔――。 「鬼瓦さん、どうしたの? どこか痛むの?」 「いえ! すみません、なんでもないです!」 笑顔の練習をしていたところを、先生に見られてしまった。 だけど笑顔の練習なのに、どこか痛むのかなどと心配されてしまったのは、どうしてだろう。
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