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 放課後になると、雪は合唱部の見学に行くと言った。 「へえ! 合唱部、どんなだったか明日教えてね!」 「わかった。じゃあ行ってくるね、ももか」  雪とハイタッチして別れたあたしは、自転車置き場に向かった。 「ブラジル人のミラクルビラ配り、ブラジル人のミラクルビラ配り、ブラジル人のミラクルビラ配り、ブラジル人のミラクルビラ配り――」  夕焼けにそまる山に向かって自転車をこぎながら、あたしは呪文のようにくりかえした。  その言葉は、岬センパイに教わったものだ。  ――ももかちゃん、キャストはね、まずは発声。滑舌もそうだけど、ちゃんとおなかの丹田を意識して声を出すんだ。それをベースにして、演技があるんだよ。 「アメリカ人のゴスペルダンベルジングルベル、アメリカ人のゴスペルダンベルジングルベル、アメリカ人のゴスペルダンベルジングルベル――」  通学の時間とか、一人の時間は、すべて発声練習にあてようと、あたしは決めたのだ。  家にもどると、たいがを相手に、脚本の読みあいをした。 「『きみ、ぼくといっしょに、たびにでないかい』」 「『ごめんなさい、わたしには子どものころに親が勝手に決めた許嫁がいて、だから無理なんです』」 「お姉ちゃん、いいなずけってなに?」 「婚約相手のこと。いいから、つづきを読んで」  たいがはまた、ふりがなをふった台本をゆっくりと読んだ。 「『ふっ、ぼくにはテントとまくらと、いっさつのほんがあればいい。さよならだ』」 「『センパイ! センパイのことわすれません。いつかまた会えたら、そのときはまたセンパイのお弁当、作ってもいいですか?』」 「なあ、お姉ちゃん、それどういうシチュエーションなん?」 「うるさいって、りりか!」 「あかん、女優はあかんぞぉ、ももか」 「お父さんもうるさい! ほら、ツノ出てるし!」  ご飯を食べて寝るまでの時間は、部屋にこもった。  なぜだか家に置いてあった、古い早口言葉の本を見ながら、トレーニングをした。 「おに麦おに米おに卵、おに嫁おに豆おに迷子。おに麦おに米おに卵――」  これは昔、お母さんが使った本だというが、お母さんはどうして早口言葉なんて練習していたのだろう……。

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