瘋癲凡人富士日記
ロバート・A・ハインライン・コンプレックス

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 おじいちゃんっ子、とかおばあちゃんっ子、というだけでいかにもかわいらしい、愛おしい、優等生というイメージが際立つのはなぜか。単純に年配者に敬意を払っていて素晴らしいというお話に留まらず、ともすれば軽犯罪くらいならば帳消しになるパワーを備えている。なにかにつけ渋谷駅前に集まり、やたらと声をあげて周囲の視線を集めること、またムービーをSNSで拡散されることにさえ恍惚とする若者たちであっても「あの子ら、地元じゃ有名なおばあちゃんっ子やで」と教えられれば、その瞬間がらりと見方が変わるはずだ。同じ人物であろうと、格ゲーの1Pと2Pくらい雰囲気が逆転する。ともすれば彼らの生活を想像し「なにか嫌なことでもあったのかい、話くらいなら聞くよ」と声をかけてしまうかもしれない。2010年くらいの渋谷であれば「てかウィルコム持ってる?話聞くからいつでもウチのコムかけてね」と言ってしまうかもしれない。  ところが親しみを向ける相手が祖父母ではなく父および母になると、すぐさま「コンプレックス」になるのはなぜか。おじいちゃんっ子おばあちゃんっ子の流れでマザコン、ファザコンと言われるとお、おん? となる。がらりと変わる言葉の響きに、江戸の街角を曲がったらおフランスにぶっとばされたザンスという気持ちになる。ちなみにコンプレックスとは「精神分析用語。情緒的に強く色づけされた表象が複合した心理。抑圧されながら無意識のうちに存在し、現実の行動に影響力をもつ。マザーコンプレックス・エディプスコンプレックス・インフェリオリティーコンプレックスなど。複合感情。複合観念。(デジタル大辞泉より)」。重い。端的に重い。おじいちゃーん、おばあちゃーんと腰もとに抱きつくときのやわらかく温かい心が一ミリも残っていない。ちょっとへそを曲げようものならごくごく気軽にナイフを取り出してきそうな重さである。なぜなのか。  そして私はファザコンである。極度のファザコンである。はじめのうちは「お父さんを大切にしてるって素敵だね」と言ってくれていた友人たちも、度重なるファザコンエピソードに次第に真顔になっていった。詳細についてはちょっと省かせていただきたいくらいにガチのファザコンである。父から受けた影響は計り知れない。中でも大きな影響のひとつと言えるのが「ロバート・A・ハインラインをハチャメチャに愛する心」である。  学生時代、大好きな父がどのように形成されたのか、シンプルにファン目線で気になってしまった私は父に愛読書をたずねた。アイドルやインフルエンサーがたびたび繰り広げている「みんなの質問にお答えするよ! ハッシュタグをつけて聞いてみたいことを投稿してね!」というあのイベントを、私は父へごく個人的におこなったのだ。「こんにちは、お父さん! 質問企画うれしいです! さっそく質問なんですが、お父さんはどんな本を読むんですか? 具体的なタイトルを教えてもらえたらうれしいです。これからも応援してま~す」という具合に。そのときに教えられたのがロバート・A・ハインライン「輪廻の蛇」だった。当時の私にとってロバートといえば吉本興業所属、東京NSC4期生のお笑いトリオであり、トゥトゥトゥサークルの歌が頭から離れず眠れぬ夜を過ごしていた私は、まったく無関係なロバート・A・ハインラインにも軽い気持ちで取り掛かってしまった。あまり深入りして、トゥトゥトゥサークル再来のごとく眠れなくなっても困ると思っていた。  結論から言うと眠れなくなった。数日のあいだガッツリ眠れなくなった。ガッツリ、という擬音は「いや~ちょっと横になるだけのつもりがガッツリ寝ちゃったよ~」という具合に眠ったときにこそ遣うべきだとは思うのだが、いやしかしガッツリ眠れなくなった。怖い。怖いのだ。子どものころ「学校の怪談」を観て眠れなくなってしまった記憶が自然と呼び起こされるほど、読み終わるやいなやなんとも不安で、心細くて、どうにもこうにも緊張がほどけないあの感覚につかまって怖くてガッツリ眠れなくなったのだ。「輪廻の蛇」は決してホラー小説ではない。タイムパラドックスを扱ったSF短編小説なのだが、読めば読むほど、考えれば考えるほど、足もとがどろどろ溶け出して立っていられなくなるような感覚に陥る。普段なら疑問を抱くこともない当たり前の日常さえも怖くてたまらなくなり、その怖さをはらうためにふたたび読み返そうとして、なおのこと怖くなるという不毛なループにハマってしまう。  正直、いまだ「輪廻の蛇」に描かれている内容を「理解した」、「克服した」とはとても言えない。思い出すとやっぱり怖いし、いやそもそも怖いというのもどこか違うのではないか、このえもいわれぬ不安はなんなんだろうと混乱してしまう。おまけにトゥトゥトゥのリズムも聞こえてくる。そのまま混沌に飲み込まれるのは耐え難く、ほかのどうでもいいことを真剣に考えたほうがいいのではと無意識に目をそらしてしまう。例えばおじいちゃんっ子とかおばあちゃんっ子ってなんかギャップ萌えにつながるよね~みたいなこと。父を見習い、さらにハインライン作品を広く、深く読み込めばいつか理解もしくは克服できるのだろうか。

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