離れずに傍にいて
第二章 中学生時代・5

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「あー美味い! ばあちゃんが作ったぼたもちを食べると、春が来たって実感するなぁ」  餡もきな粉も甘すぎないのが、安西あんざい家の味付けだ。この味に慣れているので、市販の物は甘すぎて食べられないのだ。 「あぁ、お腹が一杯になったら何だか眠くなってきたわ。少し横になろうかしらね」 「夕飯の支度は私がするから、おばあちゃんは休んでいてよ」  そんな会話を背中に聞きながら土産の分を手にし、さて帰ろうと翔太しょうたが振り向いたときだった。 「おばあちゃん!」 「ばあちゃん!」  突然、何の前触れもなしに祖母の膝がくずおれ、同時に嘔吐した。身体を支えきれないらしく、床に倒れ込んでしまう。 「おばあちゃん? しっかりして、おばあちゃん!」  パニックで祖母の身体からだを揺さぶろうとする夏海なつみの手を掴み、翔太は叫んだ。 「夏海、救急車を呼べ! 俺は母さんを呼んでくるから!」  電話の子機を夏海に押しつけ、翔太は家にいる母親を呼ぶため大急ぎで出て行く。 (救急車って何番だったっけ、一一〇? 一一七? あれ、何番だったっけ?)  パニック状態の夏海はそれでも何とか思い出し、大急ぎで救急車を呼んだ。 「夏海ちゃん!」  翔太から連絡を受けた慶子けいこが飛び込んできて、ダイニングの様子に一瞬だけ絶句した。が、すぐに冷静になると 「救急車は呼んだのね?」 半ば叫ぶようにして問う。  夏海が頷いたのを確認してから慶子は、倒れた老女の顔を横に向けさせ気道が塞がれるのを防ぐ。ついでキッチンにあった真新しい使い捨てのビニール手袋をつけると、口内の吐瀉物を掻き出しはじめる。 「翔太、お父さんに連絡して! 終わったら床の始末をお願い。大丈夫よ夏海ちゃん、一緒に病院に行くからね」  言いながら慶子は、携帯で夫の携帯番号を呼び出すと息子の手に押しつけた。 「もしもし父さん? ばあちゃん――夏海のばあちゃんが倒れたんだ! 今は救急車待ちだけど……」 「貸して!」  息子からひったくるようにして携帯を奪い、慶子は何があったんだと声を荒げている夫に、搬送先が決まったら連絡するからと言い残して切った。  救急車のサイレンが近付いてきて、翔太が玄関へ走る。  その間、夏海は腰が抜けてしまい動けなかった。  眼前には吐瀉物を全て掻き出し終え、祖母に向かって呼びかけている慶子の姿。脳裏には冷たい目をして、自分を道端の石ころ程度にしか思っていない両親の姿。 「安西さん、起きて! 高谷たかやです、聞こえますか!」  呼びかけに応える気配がない祖母は、だらりと四肢を床に投げ出して横たわっている。 「おばあちゃん、起きて!」  ようやく自分を取り戻した夏海も必死に呼びかけるが、反応は全くない。そこへ救急隊員が慌ただしくやって来て、倒れたときの状況などを尋ねるので、突然頭を押さえてくずおれ、吐いたことを夏海は伝えた。 「顔を横にして、吐瀉物は掻き出しました。私も外から駆けつけたので、詳しくは判りませんが、肺に少し入ったかもしれません」 「失礼ですが、この家の奥様ですか?」 「いいえ、隣家の者です。息子がお世話になっているので、駆けつけたんです」  意識が回復しないことを確認した救急隊員たちは手早く祖母を担架に乗せ、病院へ運ぶべく動き出す。 「夏海ちゃん、玄関以外の戸締まりは出来ているわね?」 「あ、はい」 「だったら救急車に一緒に乗って。お父さんたちには私たちの方から連絡するから」  と言って、慶子は息子に自宅で待機を命じる。  夏海は翔太に玄関の鍵を渡すと、救急車へと乗り込んだ。

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