パピヨン
プロローグ

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 窓から見下ろす街並みに、灯火が瞬きだす。綺麗な色ばかりを選んで造られた、積み木細工の家並みが、うっとりと花の中に埋まっている。  大通りのすぐ横の入り組んだ路地裏は、急な坂道になっていた。  そのうちの一本、歩行者専用の石の階段を上り詰めると、緑豊かな住宅地が広がる。小作りの家々の庭は、まるで競い合うように色とりどりに飾られて、雨上がりの街は花の香りに満ちていた。  その一番奥、赤茶色の石畳の先に、時に取り残されたような古いマンションがある。アールデコ様式の瀟洒な外観。モノクロのフランス映画に出てくるような建物は、真新しい家々に囲まれて、ぽつねんと建っている。  大理石が敷き詰められた広いエントランスの奥には、手開きの扉がついた年代もののエレベーターが一台。ローマ数字で書かれた半円の階数表示が、格子の上にある。Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ、Ⅶ。それぞれのフロアには、四つの幸せそうな家族が暮らしている。その最上階、七階のフロアは、ひとつの部屋しか使われていない。カチカチと動く、エレベーターの飾り針がⅦをさすのは、いつも深夜だった。  カーテンのない七階の一室は、蒼白い月の光に満たされている。  造り付けの収納以外、家具らしい家具が置かれていないリビングの、磨きぬかれたフローリングがてらてらと、月明かりを反射している。がらんどうの部屋の奥、両開きの扉の向こうには、大きなベッドとテレビ。ベッドの上には栗色の、テディベアが座っている。  窓辺に立ち尽くす細い影が、とさりと横たわる。真っ白なタオルケットを身体に巻きつけて、その場にころんと丸くなる。葡萄色の風が群青に染まりはじめる頃、菫青の夜空には、トパーズの雫のような月が浮かんでいた。

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