パピヨン
第八話

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 お金はいつも、適当にポケットに入れて出てくる。好きなときに好きなだけ、お金はあった。  生きていくためには、お金が必要だからと言った、あの人の顔を思い出す。意味もなく、目頭が熱くなる。あの人のことを思い出すと、いつも泣きたい気持ちになる。でも、もうなにもかもが遠くてぼんやりとしているから、本当に泣くことは、今はない。 「金持ちの嬢ちゃんが、こんな夜中に何やってんだよ」  呆れたように言って、ハルは手にした一万円札をそのままユカのポケットに突っ込むと、「はぁっ」と溜息する。  耳の横に、ハルの唇が触れる。肩口に押し付けられたまま、ユカは容のいい頤を見上げ、自分の耳に触れる。ハルの唇の感触を追いかけて、そっと指でなぞる。ハルの触れた場所だけが熱くなって、ユカは瞼をふせる。  外からはもう、何も聞こえなかった。シンとした夜の空気だけが、ふたりを包み込んでいた。けれどハルは警戒する猫のように息をひそめ、動かないでいる。  ハルが物音に怯えているのを知っていながら、僅かな音さえ聞き逃さないように神経を尖らせていると気づいていながら、それでもユカは、何か話がしたくて、ハルの声が聞きたくて、小さな声で話しかけた。 「ハル、お腹空いてない?」  あの夜の、背の高い男の子の言葉を思い出して、問いかける。  ―― 金無くってさ。俺ら、最近まともなもん、食ってないんだ。  唐突すぎる問いかけに、ハルが微かに笑う。 「あぁ、空いたな。俺、朝から何も食ってないからな」  予想通りの答えをもらえて、ユカはハルのシャツを握る手に力を込めて、顔をハルの胸に押し付けたまま、問いを重ねる。 「カップラーメン、好き?」 「何? ここにあるの?」  ぷるぷると首を振る。 「家ね、カップラーメン、たくさんあるの」  ユカの部屋には、たくさんの種類のカップラーメンがおいてある。 「いろんなのが、あるよ」

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません