パピヨン
第二十四話
部屋に入ってすぐ、ハルは買ってきたばかりのウォッカを手に、「氷、ある?」と訊いてくる。こくんと頷くユカに、「酒、飲んだことある?」と重ねて言う。 「ない」 短く答えると、「だろうな」と笑う。 「なんで?」 「お嬢だから」 含みのあるハルの言い方にカチンときて、「お嬢なんかじゃないよ!」と言い放って、ハルが手にしたウォッカのビンを取り上げようとした。その手を軽くかわしてハルが笑う。 「なに? 飲みたいの?」 「飲む!」 むきになって言い募るユカに面白そうに笑って、ハルがキッチンに向かう。 「コップ、これしかないの?」 シンクに積み上げただけの鍋やスープ皿の中から、さっきジュースを飲んだグラスをつまみ上げて、ハルが訊く。この部屋には全部が全部、一個ずつしかなくて、ユカがちょっと辛そうな瞳をする。そんなユカに口の端だけで笑って、ハルはディスカウントショップの袋からプラスチックのコップの固まりを取り出した。 固まりから引き抜いたコップを二個、トントンとシンクの上に置いて、ハルは大型の冷蔵庫に手をかける。上から順番に扉を開きながら「なんもねーなぁ」と呟いて、辿り着いた冷凍庫から氷を取り出す。プラスチックのコップの中で、氷がカラカラと乾いた音を立てる。一個には半分くらい、もう一個にはほんの少しだけウォッカを注ぎ、蛇口から無造作に水を入れる。そして、そのコップを目の高さまで持ち上げて、指でかき混ぜる。 「はい」 混ぜた指を舐めながら、ユカにコップを渡す。立ったままで、そっと口にしたウォッカは、ユカの喉元を熱く滑り落ちていった。
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