パピヨン
第五話

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 次にユカがハルに会えたのは、初めて言葉をかわした日から、一週間が過ぎていた。  いつものように夜を待って外に出たユカの瞳に、街灯の向こうから走ってくる人影が映り込んだ。徐々に近づくその影を、ユカは待つともなく見つめていた。背後を振り返りながら、何かから逃げるように走るその人がハルだと気づいたのは、それからすぐだった。  ハルに逢えない一週間は、とても長かった。もしかしたら、もう二度と逢えないかもしれないと、そんなことを思ったりもしていた。逢いたかった。意味もわからずただ、逢いたかった。だから近づくその人に、ユカは迷わず「ハル!」と呼びかけていた。  一週間、何度も心の中で繰り返した名前。その声に、ハルが足を止める。後ろを振り向いて、誰もいないことを確かめて、黙ってユカの腕を握ると、目の前にあったマンションの駐車場に、ユカを連れて走り込む。  半地下になっている駐車場は、ひんやりと外から遮断されていた。  自分の瞬きさえはっきりしない闇の中を、ハルは慣れた足取りで進んでいく。そして、一番奥のコンクリートの壁に辿り着いたとき、ハルは壁に背中を預けて、ずるずると力尽きたように座り込んだ。腕を掴まれたまま、引きずられるようにしてその隣にしゃがんだ時はじめて、ユカはハルが息を切らしていることに気がついた。  ハルの速い呼気が、暗闇に溶けていく。うっすらと湿った空気は、鉄錆のにおいがする。 「誰か、来るの?」  静かな駐車場に、ユカの声は思いのほか大きく響いた。  その声に弾かれたように、ハルの手がパッと離される。落ち着かない様子で胸ポケットを探り、煙草を取り出す。安っぽいライターの火が一瞬だけ、ユカとハルの周りを明るくして、その火がちかちかと揺れて、ユカはハルの指先の震えを知った。

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