会計を済ませて店の外に出ると、背の高い男がさっと寄ってくる。弁当二個とお茶が入った袋を渡すと、袋の中を覗いて懐っこく笑う。 「ハル! いっぱいもらっちゃったよ!」 くるんとユカに背を向けて、喜び勇んで駆けていく。 ―― ハル。 きっと、あの人の名前だ。ユカの足が、その場に縫い付けられたように、動けなくなる。あの人が、渡されたコンビニの袋を覗き込んでいる。あの人が、ユカを見る。 「わりいな。もらうよ」 袋の中にあったお茶を持ち上げて、悪びれもせず言うハルの声に、眩暈がする。その瞬間、ユカの足はハルに向かって歩き始めていた。 何日も、何日も、ずっと聞きたかった声。もっと聞きたい。もっと何かしゃべって欲しい。その、衝動に近い感情に逆らえなくて、ユカは地べたに座ったハルを見下ろして、買ったばかりの菓子パンとジュースを袋ごと、ハルの目の前に突き出していた。 「なに?」 「これも、あげる」 その時、ハルの黒目ばかりの瞳が、キラっと光った。 ハルの視線が、ユカの胸元に集中する。その視線の意味がわかって、ユカは慌てて襟元の布を手繰り寄せ、ハルの足元に袋を置いた。けれど、ユカが手を引っ込めるよりも、ハルの動きの方が早かった。さっと伸びた手が、ユカの手首を掴んだ。 獲物を手元に引き寄せるように、ぐっと手に力をこめるハルに、ユカは地べたに膝をつくしかなかった。抗えるほど、弱い力じゃなかった。見上げれば、ハルは少し笑って、肌蹴たブラウスの襟口に指を入れる。 「これ、なんの傷?」 唇を噛み締めて、後悔する。胸元のボタンをきちんと留めないまま、外に出てしまった。夜だから、平気だと思ったのに。きっと、腕を伸ばさなければ、見られずに済んだのに。ハルの声が聞きたくて、不用意に伸ばしてしまった。 「火傷?」 ハルの指先が傷痕に触れる。ぞくりと何かが背筋を駆け抜けて、傷が熱く疼きだす。今まで一度も感じたことがない感覚が怖くて、ユカは手首を捻って、身体を離そうとした。けれどハルは、そんなこと気にも留めない様子で、じっと傷を見つめている。傷を探る指先が、肩のほうへと伸ばされる。 「違うな。縫った痕だ」 ユカの肩には、鎖骨から背中まで伸びる、大きな傷痕があった。
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