パピヨン
第一話

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 夜を歩くのは、ユカにとって日常だった。  毎日、毎日、灯りに群がる羽虫のように、暗闇に煌々と浮かぶコンビニまでの道のりを、とぼとぼと歩いていた。欲しいものは、特にない。行かなければいけない、こともない。ただ、じっとしていると、自分が生きているのか死んでいるのか、その境目がよくわからなくなってくる。でも、太陽の光は嫌い。だから夜を待っていた。真夜中の、行きかう人もいない、息絶えたように感じる街が、好きだったからかもしれない。  いつもの時間、いつもの散歩コース。あの人は、いるんだろうか、あの場所に。そんなことを思いながら、ユカはぼんやりとした視線を彷徨わせる。  ―― いた。  胸の中で呟く。胸の奥が、呟いた言葉に反応して、とくんと鳴る。  もう何カ月も前から、夜のコンビニの前に屯する、グループの中心にいるその人が、ユカは気になっていた。一度だけ、傍近くを通ったその人の、陶器のような横顔が忘れられずにいた。キロリと向けられた黒目ばかりの瞳の、空洞のような昏さ。驚くほど整った顔立ちに、その瞳の無機質さは、ゾクリとした悪寒を覚えさせた。  怖い、と思った。  けれどそれ以上に、興味を惹かれた。あの瞳には、この世界はどんな風に映るんだろう。声を聞きたいと思った。あの何も考えていないような瞳で、どんな風に話すのか、知りたかった。言葉には、体温を感じられるんだろうか。  それからは、コンビニに行くたびに、その人がいるかどうか確かめた。その人がいる夜は少しだけ長く、コンビニにいた。

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