パピヨン
第十六話

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 翌朝、ユカは部屋の呼び鈴の音で、目を覚ました。  開け切れない瞼に、朝陽が洪水のように押し寄せて、視界がうっすらと赤く染まる。陽射しが眩しすぎて、ユカがシーツに顔を伏せる。 「誰だ?」  警戒心の強い、馴れない猫みたいな、ハルの声。  ジーンズ姿でベランダの際に座っていたハルが、足音も立てずにベッドの傍まで駆け寄ってくる。ぎらついた目が脱ぎ散らかした服の上を彷徨って、その中の一枚に手を伸ばす。  ハルが掴もうとした白いシャツ。そのシャツを取り上げて、ユカが羽織る。ハルのシャツは小柄なユカの膝まで隠して、ユカはその格好でドアの外に出て行く。  ユカがベッドルームに戻ったとき、ハルはドアの死角に身をひそめ、今にも獲物に飛びかかろうとする獣のような目で、ユカを睨んだ。 「いつも来てる家政婦さん。こっちの部屋には来ないように言ったから、安心して」  ユカの言葉に、ハルの逆立っていた何かが、すっと凪いだように見えた。それでもどこか落ち着かないような眼をして、ベッドのふちに腰掛ける。ハルのシャツのまま、隣に座るユカに、声を潜めて問いかけてくる。 「家政婦?」 「この部屋の掃除とか、ゴミ捨てとか、洗濯とかしてくれる人」 「お手伝いさんみたいなもん?」 「そうだね。終わったら勝手に出て行くように言ってきたから、もう平気だよ」  いつも揃いのピンク色の服を着てくるその人たちは、決まった日の、決まった時間にこの部屋にくる。決まりきった事務的な挨拶の後、テキパキと部屋を片していく。今日がその日だったことを、ユカはすっかり忘れていた。いつもなら、じっとドアの向こうの微かな音に、聞き入る日。ユカはベッドの中で、その音を聞いているのが好きだった。  ちらりとハルに視線を向けると、ハルは転がっていたテディベアを手にとって眺めていた。まるで話しかけるみたいに、テディを覗き込んでいる。

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