ちゃんとした治療を、きっとしなかったんだろう。あの頃のことはよく憶えていない。でも、この傷を見た人はみんな驚いて、そして嫌がるから、ユカはいつも隠してきた。誰にも見られたくないと、思っていた。 なのに、どうして、初めて話すこの人に、見つかってしまったんだろう。 「どうしたの? これ」 「……子供の頃の、怪我」 どんなに手首を捩じっても、強く握られた手は離れそうになくて、ユカが諦めて口をひらく。逃げ切れない傷痕に、ハルの指先が吸い付いている。 「へぇ。勲章か」 びっくりして、思わず問い返していた。 「勲章?」 「ああ。子供の頃の傷痕は、やんちゃやった証拠だろ?」 くすくすと笑いながら、醜い傷を愛しそうに撫でている。 この傷をそんな風に言った人は、これまでいなかった。汚ないものを目にしたときのように、顔をしかめる人ばかりだった。 だからユカは、ハルの言葉が、上手く飲み込めなかった。地べたに掌をついたまま、ぽかんと見つめるユカにハルは笑いかけ、掴んだ手首はそのままに、ユカの伸ばしっぱなしの髪に指を絡める。 「あんた、なんて言うの? 名前」 耳元の髪を掴んで真っすぐに目が合うようにして、ハルはそう尋ねた。あんなにも見たいと思っていた無機質な目が、じっとユカに向けられる。ユカの胸の中で、何かが暴れだす。どんどんと、内側から胸を叩かれて、身体が震える。 「ユカ」 「また、此処に来る?」 こくんと頷くと、ぱっと手が離される。 急いで立ち上がったものの、ユカはすぐに動き出せなかった。びっくりしすぎて、膝ががくがくと震えていた。それでも帰ろうと、家に向かって歩こうと、ハルに背を向け、懸命に足を動かした。 ぎこちなく歩きだしたユカを、ハルが呼び止める。 「ちょう、待って」 身体ごと不自然に振り向くユカに、ハルが菓子パンのひとつを投げてよこす。 「それはやるよ」 餌を分け合う野良猫のように、ハルが投げてよこす。 菓子パンの、ビニールの包装紙が、コンビニの光を反射して、キラキラと光った。綺麗な放物線を描いて飛んでくる、分け与えられた餌を、ユカは両手でしっかりと受けとめていた。
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