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「ラスト3秒!!、頼むぞ崇人たかひと!!」 「わかってる、よっっ!!」  残り時間ラスト3秒、チームメイトからのバックパスでボールを受け取った黒い短髪と切れ長の目が特徴的な長身の青年は一瞬でフォームを作り、そのまま床に書かれた一番外側のサークルラインの外からボールを投げる。彼の手から離れた瞬間、ゲームの終わりを告げるホイッスルが鳴り誰もが空中で弧を描くボールの行方を見届ける。  そして、そのボールが空中に存在するバスケットゴールに吸い込まれるように入りそのまま床へと落ちた瞬間、体育館には凄まじい歓声が響き渡った。 「ヤッター!!!62ー63!!一点差で天上院学園の勝ちだぁ!!」 「おお、すげぇ!!スリーポイントシュート、しかもブザー直前に!!」 「俺もう三善先輩がシュートした瞬間、絶対入ったって思っちゃったもん!!」 「みんな行くよ!!せーの!!」 「「「三善先輩、最高〜〜〜!!!」」」  そんな歓声に三善みよし崇人たかひとはやや困惑するも最終的には観客たちに向かって手を振り始める。と同時に後ろから自分に最後のパスを出したチームメイトの少年に肩を組まれる。 「やったな崇人!!これで俺達地区大会優勝だぜ、このままインターハイ行っちまうか?!」 「おいおい、いくらなんでも気が早いぞ。それより早く整列だ、行こう」 「なんだよー。お前だって手ぇ振ってたじゃんか〜!!」  とぼやきつつも少年も崇人について行き、相手校とともに整列し、審判の号令の元、礼を行う。それが終わると両チームともそれぞれのベンチに戻り片付けをし、体育館を後にする。  体育館を出た崇人達天上院学園バスケットボール部の面々は場所取りを行っているフロアに出てクールダウンのためのストレッチをし始める。 「すみません、少しトイレに行きます」 「あ、俺も俺も!!一緒に連れション行こうぜ〜!!」 「おいおい、お前ら仲いいなぁ。ま、程々に帰ってこいよ」  という部長他チームメイトたちの明るい感じの笑い声に押され、崇人と少年は一緒にトイレの方へと歩いていく。崇人はやや疲れたようにため息をつくと少年に愚痴をこぼす。 「全く健太、君のせいで部長に変な目で見られたじゃないか」 「え?!もしかして崇人俺のこと好きなの?!ごめん俺お前のことは親友だと思ってるしイケメンだとも思うけど、男は恋愛対象じゃないわ〜」 「………なわけ無いだろ、刺すぞ」 「こっわ!!てか刺すって何を?!アレを?!」  と軽い雑談をしながらトイレに到着し中に入ろうとしたその時、トイレの個室から嗚咽の声が聞こえてくる。ふたりともその声に気づくと声を潜め、思わず聞き耳を立ててしまう。 「ごめん………高校生活最後の試合だったのに……勝利まで後少しだったのに…………!!」 「(この声って………相手チームのキャプテンの人だったのよな?)」 「(そうだね…………少し遠いけど向こう方に行こうか)」 「(OK。わかった)」  崇人と健太は音を立てないように踵を返すと、そのままトイレから出ていった、  彼らにとって不吉な言葉を聞かずに。 「…………そうだ今年入ったていうあの一年坊、アイツラさえ、  アイツラさえいなければ………!!!」 * 「それじゃあ、改めて!!天上院学園バスケットボール部、地区大会優勝を祝って!!」 「「「「カンパーイ!!」」」」  今日の試合が行われた体育館の近くにあるファミレス。そこで20数人バスケットボール部員はドリンクバーで入れてきた飲み物が入ったコップを掲げ一斉に明るく声を出す。  その後部員たちは大人数用のテーブルに置かれたパーティ用の唐揚げやポテトの山や大皿に入ったドリアを取皿にとりわけ食していく。  その様子を満足そうに見ていたのは崇人、健太たちの座るテーブルに座る黒髪の天然パーマが目立つ中年男性であった。 「いやぁまさか地区大会にまで行けるとは、俺の指導がいいおかげかな?」 「いや土屋先生めったに練習に顔出さないじゃん。」 「そ、それはしょうがないだろ!先生は若手だから色々仕事押し付けられるんだよ、若手だから!!」 「35歳って若手か…………?」  そんなふうに部員たちからなじられているのはバスケ部の顧問兼天上院学園高等部の体育教師の土屋武士。ほとんど練習に顔を出さないが、練習を見るときは的確な指導を行い、更にこうやって試合後の打ち上げを行ってくれるため 生徒からの受けも非常にいいのである。  と談笑していた土屋は隣りに座わり食事に手を付けずスマホの画面をじっと見ていた崇人を見つけると声をかける。 「おいどうした三善。お前は今日のMVPなんだしっかり食ってくれよ、じゃないとみんなはしゃぎ辛いだろう?」 「すみません………家族に今日は打ち上げがあることを連絡したんですが、返信がなくて………。ああ、いただきますね!」 「はは、そうだ食え食え!ファミレスでどか食いなんて10代の胃でしかできないからなぁ!!」  まぁ先生三十路半ばだからなぁ!!、何だとぉ!!という声とともに部員たちの談笑も大きくなり全員楽しげに食べていく。  そうやって部員たちの意識が完全に外れると土屋は崇人にのみに聞こえるような声量で話しかける。 「(…………お前の家族や妹さんの話は職員室でも噂になっている、耐えられなくなったら言ってくれよ。俺、教師だからな)」 「(………はい、ありがとうございます………)」  土屋からの言葉に崇人はわずかに申し訳無さそうな声で礼を伝える。だがその時、崇人の耳に蠱惑的で、心底嘲るような少女の声が彼の耳に響く。 【このおじさんバカだよねぇ。あなたの場合、耐えられちゃうから問題なのにさぁ、ウフフ】 「…………っっっ!!!」  その声に思わず崇人は目を見開き、ゆっくりと後ろを向く。しかしその視線の先には何もおらず、窓と日が落ち始め暗くなっていく街の姿があるだけだった。  ただの聞き間違い、気のせいだった。状況証拠だけ見ればそのはずなのに、崇人の額からは脂汗が流れたのだった。 *  ファミレスでの打ち上げが終わり現在午後6時半。天上院学園の校門前まで戻ってきたバスケ部一同を前に土屋は声をかける。 「よし、全員今日は帰ったら早く風呂に入って寝るように。それじゃあ解散!!」 「「「はい、ありがとうございました!!」」」  土屋の声に合わせ号令を部員たちが上げると土屋は後者の方へと戻り部員たちはそれぞれ自宅への帰り道を歩いて行く。崇人もたすき掛けにしていたエナメルバックをかけ直し、健太と共に帰り道を歩いていく。 「なぁ崇人、俺今日少しお前ん家上がっていいかな?実はちょーっとお願いがあってさぁ」 「数学Iの宿題なら見せないぞ、自分でやれ」 「ええ〜!!頼むよ、一生のお願いだからさぁ!!」 「………俺の知る限りお前の一生のお願い10回はあったよな?」  と、そんな他愛ない話を続けているうちに三善という名前が記された表札が付けられた大きな一軒家の前に到着する。ここに来るまでに散々説得されたのか、崇人はため息を付きつつ言う。 「………わかったよ、その代わりルーズリーフ貸すからウチで写していけ。ノート化して明日持ってくんの忘れたぁ、とかなったら嫌だからな。あと、いつかなんか奢れよ」 「OKOK!!任せてくれ!!」  調子のいいことを言う健太に苦笑しつつ家に入るための鍵を懐から出そうとしたその時だった。 「…………………三善崇人、と松前健太、でいいよな?」  突然自分たちの名前を言われたことに驚いた二人は体ごと声がした方へと向ける。二人の視線の先に立っていたのはフード付きのスポーツウェアを着ている長身の男であった。顔はフードをすっぽりと被り口にはマスクまでしているため人相はわからず声もくぐもっているせいでよくはわからないが、自分たちよりも年上だということはわかった。  どう見ても不審者のような出で立ちの男にふたりとも警戒しつつ距離を取る。 「(健太、いつでも警察に連絡できるようにしてくれ)………一体何のようですか?いきなり俺達の名前を言って………」 「何のよう、か。そうだな、シンプルにいこう。  二人共、ここで無残に死ね。瘰患らいかん」  そんな宣言とともに目の前の男がポケットに突っ込んでいた何かをほおり投げる。それは空中でゆっくりと弧を描くとそのまま道路へと落ちていく。 「アレは、動物の………牙?」  男が投げた牙が道路に落ちると、それは道路に染み込むように消えていき、落ちた場所に黒いシミを生み出していく。シミの大きさが道幅全体に届くほど大きくなると、中心部から水面にできたいくつもの波紋が生まれ始める。  見方によっては幻想的な光景、しかし次の瞬間。  シミから一本の怪物の腕が飛び出したのだった。

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