目の前にいるのは表情なんて存在しない黒い靄、しかしそれが明確な悪意を持っていることを本能的に察知した崇人は布団の中においてあったナースコールに手を伸ばしそのボタンを押そうとする。 だがほぼ同時に『因果』の怪異の靄が伸びるとそれは巨大な手の形を取り、気絶していた警官を握り込む。 【まぁ待ってよ。私はお兄さんとお話がしたいだけだから押さないで、じゃないと〜、 ここに新鮮な肉塊ができちゃうよ?】 幼い子供に言い聞かせるような口調ではあったが、残念ながら崇人には脅しには全く見えなかった。それどころか何かのはずみで警官が殺されても不思議ではない。 崇人は脂汗をかきつつ布団の中の握りこぶしを強く握絞めつつ、目の前の靄には問いかける。 「…………お前は、一体何だ?昨日の犬の化け物と何か関係してるのか………?!」 【あんな雑魚と一緒にされるのは不本意だけど、まぁアレと同類なのは確かかな。………ってそんなことより、悲しいお知らせがありまーす。 後5分38秒後、昨日君といたお友達が死んじゃうらしいよ】 「…………な、何を言ってる………?!なんでそんなことを決めつけられるッッ?!」 【決めつけられるよ。だって私は『因果』の怪異。その力の1つとして、私が直接関わらない事象の未来を視る事ができる。だから視えちゃった、 君のお友達の体が、ピザみたいに八つ裂きになってるところをさ!!】 「黙れ……黙れぇ!!!」 『因果』の怪異の言葉を拒絶するように崇人は枕を掴み思いっきり『因果』の怪異へと投げつける。だがやつはそれをあっさり弾くとため息を付いた後、今度はさっきのあざ笑うような口調ではなく感情を一切感じさせない口調で崇人を刺す。 【………私に八つ当たりするのは勝手だけど、そんな暇あるの?ほらこんなこと離している内にもう1分経っちゃった。このままじゃ私の視た未来通りになる。 君は、親友に何もしてあげられない】 「…………お前は、何を考えている………!!その口ぶりからして俺になにかさせたいんだろ?!言えッ!!」 崇人は元来オカルトというものを信じていなかった。しかし昨日今日見せつけられたあまりにも常識とはかけ離れた事象の数々はその認識を変えざる得なかった。 だからこそ、彼は思考を切り替える。万が一健太を殺される可能性をなくすために目の前の黒い靄の話に乗る。 そんな彼の意思を読み取った『因果』の怪異は二度を鳴らすように笑い声を出すが見た目は変わらない。しかしもしもやつに表情というものがあれば、おそらくは邪悪な笑みを浮かべていることは崇人にも容易にわかった。 「お兄さん、やっぱり飲み込みがいいねあの時と一緒で。 いいよ、少し話そうか」 そう言うと『因果』の怪異を中心に黒い光がドーム状に広がり、崇人の体を包む。あまりにも異様な状況ではあるがここまでのことでかなり耐性がついたのか、崇人はやや怪訝な表情を浮かべたのみで『因果』の怪異に向かって話しかける。 「………おい何だこれは?話があるなら早くしろよ、こっちは親友の命がかかっているんだ!!」 【ふふふ、安心しなよ。ここは禍舞台。私達怪異が生み出せる簡易的な異世界。ここでは時間の流れがとってもゆっくりだからたとえここに1年いたって向こうは1秒も経たないよ】 「……そんなのがあるなら、さっさと使えよな………!で、何をすればいい?!」 【そう焦らないでよ。せっかく時間は作ったんだから、あなただって知りたいでしょ? 私達怪異のことを】 急かすように崇人は言うが『因果』の怪異はそれを受け流し、逆に彼に向かって問いかける。だがしかしそれは実のところ崇人も気になっていたこと、そのため息をゆっくりと吸い心を落ち着かせ聞き始める。 「………わかった、それじゃ聞かせてくれ。お前、いやお前たち怪異とは何だ?悪魔とか妖怪とか、そういうのの類か?」 【ふふふ、良い質問だね。まぁそんなものだよ。人間たちが住まう物質の世界、表界の裏にある精神世界、裏界に住む思念体、 それが、私達怪異だよ。】 「思念体………でもあの犬の化け……怪異はコンクリートを砕いたり俺に体当りできていた、実態を持ってたぞ」 【そりゃあの三下………『追跡』の怪異はもう混魂の儀を行ってるからね。】 「混魂の儀………?また知らないワードが出てきたな………」 やや渋い顔をしている崇人が面白いのか『因果』の怪異は小さく笑いつつ、自分の体を構成している靄を腕の形にし、それをそのまま自分の体に突き立てる。何かを探すようにぐりぐりと腕を動かし目的のものが見つかったのを確認するとそのまま腕を靄から引き抜いた。 その手ににあったのは得体のしれない紫色の気体をまとった禍々しい黒球であった。 「それは………なんだ?」 【ふふふ、わかってるくせに。これは私の魂、怪異はみんなこれを持っていてもしこれが破壊されれば例外なく死ぬ。 この私の魂とあなたの魂をあなたの願いを繋ぎにして融合させる、それが混魂の儀】 「混魂の儀………なるほど、そのまんまだな。………メリットとデメリットは?」 【メリットは、まず人間側は常人よりも体が丈夫になり怪異絡みの攻撃以外では早々死ななくなり願いに応じた権能を使うことができる。また儀式を行った怪異を呼び出し、自分を強化したりある程度従わせることができる。 怪異側は物質世界を自由に動き回れる受肉体を得ることができる。 逆にデメリットは、何となくお察しと思うけどどちらかが外的要因で死んだらもう片方も死んじゃうってこと】 「………デメリットに関しては予想通りだな。だけど願い、という言葉が時折出てるが、まさか、ランプの魔人みたいに何でも願いを叶えてくれるのか?それとも猿の手みたいに望まない形で叶えるってタイプか?」 【まさか、私達はただ願いを叶えられるであろう異能を与えるだけ。それを使ってどう願いを叶えるかは怪異憑き次第だよ。 じゃ、説明はこのぐらいにしておこうか、そろそろ禍舞台も持たないし】 『因果』の怪異の言葉を受け、崇人は周りに目を向けると彼らを覆っていた黒い光のドームがテレビの砂嵐のように掠れ始めていた。『因果』の怪異は今は思念体、故に長時間の維持はできなかったのである。 だがそれに気にせずやつは自分の手に持っていた自分の魂を崇人に向かって投げ、崇人もこれをキャッチする。 それを確認すると、『因果』の怪異は黒靄の手を崇人の方へと向け問いかける。 【さぁ、返答の時間だよ三善崇人君。 君はどんな願いを叶えたい?この私、『因果』の怪異に教えて】 「俺の………願い…………」 そう言われた崇人は吸い込まれるような黒球を見つめながら自らの願いを考える。そして自分の中である程度何かが固まったのか、ゆっくりとベッドから降りて立ち上がり少しずつ話し始める。 「…………因果応報。善人には祝福が送られ悪人には天罰が下る。だから人は正しくあろうとする、それが当たり前だと思った。でも………そんなものには何の意味も価値もない。それに気がついたのは最近だ。 父さんや母さん、桜夜……俺の家族を襲った悲劇は俺達に何の非もなかった。犯人の動機が理解不能なこの事件に俺や健太が巻き込まれたのだってそうだ! 俺も俺の大切な人たちも!!何も悪くないのに立場を幸福を奪われて!!挙句の果てに命まで奪われるだ?!ふざけるなよ!!」 【…………………】 徐々にヒートアップしていく崇人の口調は彼を知っている人間なら思わず動揺してしまうほど強い怒りに満ちていた。彼の怒りと怨嗟の声を『因果』の怪異はただ黙って聞いていたが、やつにもし表情があるとすればきっとどこまでも邪悪に笑っていただろう。 やっぱりコイツは当たりだったと。 そんなことはつゆ知らず崇人は痛む体を無視してどんどん歩いていき、最終的に『因果』の怪異まで2,3歩程度の距離まで近づき、宣言する。 「どれだけ人事をつくしどれだけ天命に願っても、身に余る不幸も乗り越えられない逆境もどこまでも理不尽にやってくる………!!俺は、それが赦せない!! こんな理不尽な因果が正しいと神や仏がほざくなら!!俺の大切な人たちの幸福を穢すなら!!!そんな神や仏、俺がすべて否定する!! だから力を寄越せ!!歪んだ因果をバラし、正しく縫い治す力を俺に!!!」 【………心のこもった自己中な願い、ありがとう。さあ行こうよお兄さ………いやご主人さま。 私と一緒に因果を正しにっっ!!】 『因果』の怪異が叫ぶと崇人の手に持っていた黒球は彼の体へと溶け込むように一体化しその瞬間、白い光が彼ら二人を包み込み禍舞台を破壊する。 それによって場所は普通の病室へと戻るが、そこにはのびている若い警察官しかいなかった。
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