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「…………ッッッ!!!」 「な、何だあれェっっ!!」  目の前で起こるあまりの異常事態に崇人も健太も慄き、後ろに後退る。だがそんなことにお構いなしにシミから現れた腕は道路を掴み自身の体を持ち上げその全体像を表す。  頭部、胴体はところどころに棘が生えていること以外は大型の野犬のような姿であったが、その四肢は前足後ろ足共々人間の腕そのものであったのだ。しかもその腕は肌が異様に白いことを除けば、美しい曲線を描いている女の腕であるため悍ましさと嫌悪感は凄まじかった。 【アレガ、エモノ?】 「ああ、そうだ。好きなだけ食っていいぞ瘰患。」  と、目の前の不審者が二人に指を向けた瞬間だった。崇人は凄まじい悪寒を感じ健太のジャージの襟を掴んで思いっきり後ろへと移動する。それと同時に瘰患は引き絞られ放たれた弓矢のように道路を蹴って前方へと飛んでいき、腕を振りおそす。  轟音とともにさっきまで二人がいた場所にクモの巣状のヒビとともにめり込む。その異常とも思える膂力を認識した二人はお互いが示し合わせたわけではないが、ほとんど同時に踵を返し不審者と怪物に背を向け逃げる。 「逃がすな、瘰患!!」  しかし、不審者は慌てず右腕を前に出し手を彼らに合わせ指を鳴らす。彼らの運動能力の高さは不審者も知っている、だがしかしそれを差し引いてなお、この力なら逃げる二人に一瞬で追いつき殺すのは容易い、  そのはずであった、だが次の瞬間。  黒い靄が現れ、彼らを追う為走り出した瘰患を道路へと叩きつけてしまう。 「?!な、何だ?!」  不審者も目をむき間違いでも見ているのかと何度も瞬きをする。だがその内に黒い靄は霧散しはじめから無かったかのように視線から消えてしまった。幻覚、ではないのは道路に倒れダメージに震えている瘰患の姿からわかる。だったらアレはなんだ?答えを導き出そうにも不審者では検討もつかなかった。  そのため彼はこの疑問を今は脇に置く、なぜなら彼には目的があったからだ。 「………奇跡に助けられたようだが、二度続かないから奇跡なんだよ。  起きろ瘰患、追跡開始だ………!!」  一方その頃、不審者と化け物から逃走した崇人と健太は住宅街から離れ、現在繁華街近くの路地に逃げ込んでいた。二人共息を大きく切らし激しい呼吸を何度も繰り返し、ファミレスで食べたばかりなのもあって脇腹に痛みが出るがそんな事を気にしている場合ではもはやなかった。  崇人は息を整えつつ周りを見て、さっきの不審者や化け物が来ていないかを確認する。 「………今は、追ってきてはいないようだな………!」 「………な、なあ………何なんだよアイツ………!!俺達を襲って………!!それにあの怪物、まるでファンタジーに出てくるモンスターだ!!なんだよこれ、幻覚でも見てるのか?!」  ある程度落ち着きを取り戻した崇人と違い、健太は座り込んで頭を抱え不安と恐怖を発露させる。もちろんその感情を痛いほど理解できる崇人は片膝立ちになってしゃがみゆっくりと話す。 「健太、落ち着いてくれ………俺だって信じたくない、でも多分現実だ。だったらそれを受け入れて、動くしかない。健太は交番に言って警察を呼んできてくれ、  俺は向こうに戻って奴らを引きつける」 「?!な、何いってんだよ崇人?!も、戻るって………どうして?!」  崇人の突然の発言に健太は目をむいて彼の両肩を掴む。ひとまず危険から逃げられたにもかかわらず、再びあんな異形の存在の近くに行こうなど健太には正気には思えなかったからだ。  だが崇人とて譲ることはできなかった。  「………あいつはどういう手段を使ったかわからないが、俺の家を突き止めた。つまり、俺の家族のことも………桜夜さよの事も知って、なにか危害を加えるかもしれない。  俺は、それを見過ごすことはできない」 「そ、それは…………そうだけどよ………」 「………安心しろよ、俺だって死にたくないから無茶はしないさ。それじゃ通報は頼んだぞ、相棒!!」  健太にそう言い終えると崇人は路地裏から出て走り出し、住宅地がある方へと再び戻ってしまう。健太は彼を引き戻そうと手をのばすが届くことはなかった。いや、正確には違う。脚をもう一歩踏み出せばおそらくは届いたであろうが、その一歩を恐怖によって踏み出すことができなかったのである。  崇人は桜夜のこととなると途端に自分を顧みなくなる、だからこそ本来自分が止めるべきであった。止めるべき、だったのだ。 「何が………何が相棒だよ、クソッタレ…………!!」  健太はうつむき自分を攻めるように、涙を流し自分に向かって言葉を吐き捨てる。  この状況で涙と後悔そんなもの何の意味もないとわかっていながらも。 *  二人を襲った不審者の男は住宅地にある公園にあるトイレの個室に入り苛立たし気に指を鳴らしていた。途中まで追跡できていたのは良かったものの彼らが繁華街に逃げ込んだことで状況は一変する。  もちろん瘰患の力ならば警察等何十ダースいようが相手にもなるはずがない。だがしかし、閑散とした住宅街で力を使うのと人が多い繁華街で力を使うのはあまりにリスクの差がありすぎる。  不審者は確かに崇人と健太を殺したい、しかしそのために自分の人生をドブに捨てるきなど毛頭ないのだ。そのため、不本意ではあるものの今日の攻撃は一旦ここで止めにして、後日奇襲して息の根を止める方針に切り替えようとしていた。  とその時彼の閉じているトイレ個室のドアにノック音が響く。一回した後一拍おいて二回、更に一拍して三回と決められたリズムで叩かれると、不審者はそのままドアを開ける。  彼の視線の先にいたのは、禍々しい犬の体に女のほっそりとした腕を四肢とする怪物、瘰患であった。普通の人間なら絶叫でもしそうなシチュエーション、この怪物を呼出した張本人である不審者の男は当然焦らない。だが、そんな彼も瘰患の報告にはわずかに眉を上げる。 【ホウコク、エモノノウチノイッピキ、コッチニカエッテキテル。ドウスル、主?】 「………わざわざ戻ってくるだと?他に人は、警官の姿は?」 【イナイ、ヒトリダケ】  手を出しづらい繁華街から出しやすい住宅街この場所に戻ってくる、これをただラッキーと思えるほど不審者も愚かではなかった。 「(まさか……奴も怪異憑きか?………いや、ないな)」  頭の中で浮かんだ可能性を一笑に付し不審者は否定する。仮にあの靄が崇人の怪異だとすれば瘰患を叩き伏せるだけの実力にもかかわらず全力で逃げ出す理由などない。  あの靄のことは気になるし、怪異憑き自分と同類でなにのならどうしてここに戻ってきたのかわからないという不安要素はあるが、同時に殺害のチャンスであることに変わりはない。 「瘰患、ヤツの居場所は?」 【ココカラ北西ノホウニアル大キナ広場、ソコニイル】 「大きな広場………確かこの辺には運動公園があったはず、そこか。  ………今度はあの試合の時やさっきのような油断はしない、  奇襲で確実に息の根を止めてやる………!!」  怨嗟に満ちた声でそうつぶやくと不審者は公衆トイレから出ると、瘰患が言っていた北西方向を睨みつけそのまま歩いていく。  待ち受ける崇人に逆恨の復讐者が再び襲いかかるのは、もはや目前に迫っていたーーー。
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