「こぼすなよ」 「え、わっ……」 手のひらに溢れんばかりの角砂糖と、ミルクの満ちた小さな瓶、ビニールの小包入りのジャムサンドクッキーがふいに思い出したように手のひらに現れて、真澄は慌てて下ろしていたもう一方の手を添えた。 「あ、危なかった……」 息をつく真澄を面白そうに眺めながら、マルスは角砂糖を一つつまみ、口の中に転がした。 「あ。それは紅茶用の」 「いいんだよ。僕が持って来たんだから」 「それもそうですね」 小さく笑う。手品師は満足げにかりかりと角砂糖を噛み砕き、空いた手でまた角砂糖を真澄の手から三つ取ると、自らの紅茶に落とした。 「ティースプーン」 「あ、はい」 戸棚の引き出しから、華奢な金のスプーンを取り出し、マルスに手渡す。彼は受け取って、紅茶をゆったりと混ぜた。 「お前は?」 「あ、おれは……」 いいです、と言いかけてやめた。ちょっと笑って、角砂糖を一つ、自分の紅茶に転がす。ミルクの瓶を手渡すと、「砂糖も」と手を伸ばされた。残りの三つの角砂糖は、マルスのティーカップの中に消えていった。 「そんなに甘くしたら、体に悪いんじゃないですか?」 眉を下げ問えば、マルスは鼻で笑った。 「いいんだ」 「でも」 「いい。僕は長生きしたくないから」 ふいに吐露された言葉に、はっとしてしまう。 口を開きかけたまま黙り込んだ真澄に、マルスは唇を曲げた。 「何。何か文句でもあるのか」 「いえ……文句というか」 うつむき、静かに紅茶を口に含む。紅茶は、いつの間にか少し冷めていた。 「ただ……おれはまだ、あなたと友達になれてないから」 真澄と契約した魔法使いマルスには、前契約者との約束があった。 『次に出会って、君を目覚めさせた人と契約して欲しい』『そしてその人と、友達になって欲しい』──と。 契約は絶対だ。魔族の者と他種の者の契約は、果たされるまで継続する。つまり、前の契約者と契ったことにより、マルスは次の契約者の存在と、そしてその者と友人になることが決定づけられていたと言える。 そんないわくつきの魔法使いが眠っていた森の家屋を、叔父から受け継いだのが真澄だった。最初、ぼろぼろの木造の建物の中で眠っているマルスを見た真澄は、「人が死んでる!」と大騒ぎしたものだった。 出会いを思い返して小さく笑うと、マルスが怪訝に顔をしかめる。 「いえ、何も……。とにかく、おれと友達になれないと、マルスは……その」 「そうだな。契約は絶対だ。おまえと友人にならない限り、僕は死ぬことが出来ない」 あけすけな物言いに、真澄はちょっと眉を下げた。 「……ところで、何をもって『友人』と判断するんでしょうか?」 真澄の問いに、マルスは細い眉を上げた。 「何をもって?」 「ほら、たとえば、マルスがおれを『友人です』と人に紹介したら、とか。何か基準があるのかな、と」 「紹介する相手なんかいないけど」 「ですよね」 苦笑する真澄に、マルスは鼻を鳴らして腕を組み、そっぽを向いた。 「友人なんか、必要ない。……そのはずだったんだけどね」 不貞腐れたような物言いに、真澄はくすりと笑う。マルスは不機嫌に彼を見た。 「何か?」 「いえ、何も。ただ、マルスが可愛くて」 「可愛い?」 「はい。いじけた子どもみたいで、可愛いです」 「何を言っているんだか……」 マルスは唇を尖らせ、金色の前髪をいじくる。その姿は、少し照れているみたいで、やっぱりちょっと可愛かった。
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