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 来た道を今度は降りていく。途中で滝を見たり、また別の滝を見たり。ピザを食べたり、キツネを見たり、ヤギやウサギを見たり。  キツネって、茶色いものだと思っていたのに、黒やグレーや白もいるのをはじめて知った。キツネ色の定義があやふやになってしまうではないか。みんなもふもふでかわいいけれど。  後ろ髪を引かれる思いで、キツネたちに別れをつげて旅館に戻る途中でソフトクリームを食べる。  玲奈は写真を撮りまくった。ピザと悠人。ヤギと悠人。ソフトクリームと悠人。「俺様」はキツネにも有効なのか、泰然とキツネを従える悠人は、まるで稲荷大明神のようだ。  悠人の周りの、キリキリと張りつめていた空気はいまやすっかり緩んでいる。こういう時間は必要なんだなぁ、と玲奈は思う。玲奈が与えなければ、悠人はどんどんのめり込んでいくばかりだろう。それではいずれ破綻する。  そうか。涼太郎がいった「ゆるみ」とはこのことか。と玲奈は思い当たった。それが悠人に必要なものならば、わたしが与え続けよう。あしたも、あさっても、そのまた先も。  旅館にもどり、露天風呂に浸かり、ワインを飲みつつきょうはステーキの夕食を食べ、また温泉に浸かり、湯上りのビールを飲むと悠人はまたことんと寝落ちてしまった。  いまごろ悠人の脳内では、きょう体験したことがめまぐるしく解析され、ファイリングされているのだろう。  ほんの二、三日前色濃かった目元のクマはきょうはだいぶ薄い。 「よかった」  額をなででやりながら、玲奈は声に出した。  翌日チェックアウトのために、荷物をまとめていると、あっ、と悠人が声をだした。 「使わないでしまった……」  手にしているのは、未開封のコンドームの箱。 「一箱、持ってきたの?」 「うん、やる気満々だったから」 「ははっ、二日とも寝落ちたね」 「残念だ」 「帰ってから使えばいいじゃない」 「いや、ここで使いたかった。いまからでも……」 「いや、もう出るし」 「ちょっとだけ」 「また、来ようね」  悠人はおとなしく箱をしまった。 「きょうは牧場よ」 「またか」 「きょうはウシ。濃厚ソフトクリームがあるわ」 「またか」 「まあまあ、バーベキューもあるし」  結局は玲奈に連れられていくしかないのだが、行ったら行ったで楽しかった。広い高原。抜ける青空。澄んだ空気。悠人は思いっきり伸びをした。 「あー。気持ちいい!」  いくらか生き物に耐性のついた悠人は、ヤギとたわむれ、ヒツジとたわむれた。無邪気である。玲奈も自然とほほ笑んでしまう。いっしょにむしった草をあげながら、ファンはもちろん、スタッフですらこんな悠人は想像できないだろうなと思う。 「かわいいな」  そういう悠人に、あなたもね、と心の中で玲奈は返す。  ひとしきりたわむれたあと、バーベキューを堪能する。ごちそう三昧の胃はそろそろ限界だ。それから濃厚ソフトクリーム。ミルク味とチョコ味を買って、それぞれスプーンであーん、してあげる。  ベンチにすわってイチャついていると、ラインの着信が鳴った。見ると摩季からだ。ん? と思って開いてみる。 「実況中継されているわよ」  どうした? と悠人ものぞきこんでくる。はってあったリンクを開いてみると、見ず知らずの誰かがふたりの写真をツイッターにあげている。どうやら、この牧場に着いてから、ずっと撮られていたらしい。

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