破滅の町 第一部
第二章 侵入者たち 3.十五人の王国

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 しゅうしゅうと音をたてて、魔物の息吹は通り過ぎていきました。彼は、このようにして地下を、ひそかに巡り渡っていたのです。そのことを上の町の人間は知りませんでした。彼らは、自分たちが先祖の行いを秘密にしておくことでいっぱいで、このような不気味な生物が長年それこそ彼らが守り続けた年月にも潜み続けていたことなど知る由もなかったのです。子供たちが、再び意気揚々として地下の暗闇を分け入ろうとしていることも、彼らはわかりませんでした。十五人の子供らが、彼らの時間に集合して、いざ出陣と意気込むところに、上空から、激しい白い光が降り注ぎました。こうしたことは珍しくなく、この町では時折強い日差しがぱっと閃光のように散るのです。またか、と思い、子供らは空を見上げました。しかし、今度のこの現象は、なにか自分たちを祝福しているように感ぜられました。地面にぽっかりと開いた唇。その先にうかがえるとてつもない冒険の数々を、誰もが思い描き、興奮しておりました。 「さあ、行こう」リーダー格のラベルが、皆に言いました。 「探しにいこう、黄金を。ここにはあると、テオルドが調べてきてくれたんだよ。そうだな?」  彼は、隣に皆から隠れるようにして立っているカルロス=テオルドをさして言いました。気弱な少年は、ただうなずくばかりでした。 「行こう、黄金を探しに。でも皆、慎重にだぞ?誰にもばれてはならない、これは僕たちの秘密の行いなんだからね。さあ、昨日決めただろ。僕たちの国の名前。なんていったか?」 「十五人の王国(テラ・ト・ガル)!」少年たちが叫びました。「ただし、まだ王様は誰か決めてないけどね」 「じゃんけんか、ゲームで決めようか?」 「いやいや、やめとこうよ、今は。それよりも探検だ。そっちが先だ」  子供たちはこぞって地下に乗り込もうとしましたが、ラベルがそれを諌めて、再び慎重にと念を押しながら、彼らを二人一組に指名してたいまつを各自に持たせました。 「いいか?サカルダに合図をまかせている。彼女がカンカンと二回鐘を鳴らしたら皆戻るんだ。大体真昼ごろに鳴らすから、音が鳴ったら、探索は中止して、各自、見てきたものをここに戻って話そう」  彼は注意深く一同を観察しながらこう命令しました。子供たちは真剣な顔つきで彼の言葉を聞いていました。ピロットも、イアリオも、個人行動の多い彼らですら、身に帯びた責任と重苦しいプレッシャーとをラベルの執拗な説明に感じました。誰も彼に反対しませんでした。子供たちは緊張しながら地下探索を始めました。どきどきする高揚感がじりじりと胸を焦がし、子供ながらにその気分を抑えるのは大変でした。彼らの見た風景…それは、そのとき地下に同在していた、トアロたち二人の盗賊の前にも現れていました。二人は神殿らしき場所を離れ、その奥へと行っていました。二柱立つ巨大な空間は少し行くとすぼまり、風景はまた同じような洞穴が続いたのですが、その洞穴を過ぎ去ると、目の前には驚くべき古代の都市が栄えていました。  といっても、人気などまったくない、死んだ街となって。けれども、往年の賑わいを見るに容易な壮大なパノラマが、そこには展開をしていたのです。 「これは、まるで巨大な幻か?」トアロが呟きました。「信じられない。見事人っ子一人いないぞ。なんて街だ。この街…どうして滅びてしまったんだ?」  トアロでなくとも、死に絶えた大住宅地がこうして広がれば、誰しもが驚きを隠せないでしょう。そして、なんともいえない憐れみの情を覚えたにちがいありません。すべてに、懺悔して、祈りたくなったかもしれません。これほどまでに見事な保存街などあったことはなく、その全部が暗闇の中、天井に覆われていたのです。かすかな明かりが上方に差し込んでいますが、それも頼りなく、かえって忘れられた地下都市の命運を見守るはかない神様の一瞥にもみてとれました。ここは、そうした運命であったと、滅びるべくして滅びたのだと、そう思わせる超越した意志が、そちらに見えたのです。  子供たちは、意気揚々、しかし真剣に周りのものを見つめました。ラベルの忠言が彼らの精神をまとめていたのは事実ですが、それでもこのパノラマを目にして荘厳な雰囲気を直に覚えながらの探検なのです。震えるほどの歓喜と、目にしたことのない冷ややかな沈黙と、経験したことのないファンタジーが、ごちゃまぜになっていたのです。彼らは頭がくらくらとしました。それでも、足は止まることなく、思いの向くまま、それこそ、地上にいたよりも自然のままに、進んでいきました。テラ・ト・ガルは、彼らの手にまったく余る国でした。彼らは二人一組になって進みましたが、その組み方はばらばらで、必ずしも仲良し同士が一つになっていませんでした。テオラは、憧れのラベルと一緒になって嬉しさを噛み締めていましたが、イアリオなどは、あまり好きでもないピロットと組ませられてふくれっ面でした。いいえ、これには少しだけ説明を加えねばなりません。イアリオは、昔から彼のことをよく知っているのですが、彼女がこれだけ距離を置きたがる相手もなかなかいません。彼女は個人行動が多く群れたがるのを嫌いましたが、彼だけは別でした。だから、余計に彼を意識するのです。彼もまた群れを嫌うたちでしたが、彼女のそばにいて、それを受け入れるような調子がありました。野性的な魅力のあるピロットに、当時から彼女はもしかしたら惚れていたのでしょう。その自覚はありませんでしたが、気になる人物ほど、自分がどうしていいかわからなくなってしまうものです。  イアリオは、彼から目を逸らし、周囲のぼんやりと静かに沈黙して並ぶ家々の塀を眺めました。どこまでいっても続くようなレンガの塀は、想像できない過去を、足取り重くその場所に留めているように見えました。彼女は、一旦足を止めて、あたりに耳を澄ませました。何か足音など聞こえないだろうか、自分たち以外の、生き物でもなんでもいいから…彼女は少し怖くなったのです。この街で、自分たちだけが生きているものだとしたら、その重圧は、まだ未成熟なか細い体など掴んで引きちぎってしまいそうでした。ところが、人間の足音と、ぱちぱちはぜる松明の火のほかに、何も聞こえません。彼女は震えてきました。しゅうしゅうと音が鳴りました。それまで聞いたことがない、変に耳に障る音です。彼女は彼の方を見ました。ピロットが、鼻息を荒くして突っ立っていました。  彼女が彼に声をかけようとしたそのとき、カンッカンッと、鐘が鳴りました。サカルダの持つ銅製の叩き板が、石で叩かれました。  子供たちは何があったんだとぞろぞろと出てきました。探検は少しも満喫しておらず、きっと正午にもなっていないはずなのに、と。入り口のあたりで、サカルダが少年カムサロスと何か言い合いになっていました。 「どうしたの?」真っ先にイアリオが訊きました。見ると、ラベルがいち早く彼らのところに戻っていました。テオラはあとからぐずぐずと出てきました。どうやら鐘の音を聞いて飛び出していったカムサロスを、ラベルが慌てて追っていったようでした。 「今、こいつが間違って打ったからさ、ほら、まだ太陽があんなに低いのに!」  少年はいらいらと不満をぶちまけました。 「何もなかったんだってさあ!こんなこと初めてだ。侮辱された気分だよ!ねえ兄ちゃん、聞いてくれよ…」  カムサロスはあとからやってきたピロットを目に留めると、彼の方に駆け寄っていきました。彼の気性の激しさは、兄貴分のピロットとよく似たところがありました。ピロットはうんうんとうなずいて、彼を外に連れ出しました。  一方リーダー格のラベルは、サカルダから詳しい話を聞かなければ皆納得しないことを感じました。 「ゆっくりでいい。なぜ石を打ったのか。もしかしたら、何か説明のつかないことが起きたのかもしれないけれど、全員がそれを知りたがっていることは判るね?」彼は優しく彼女を見つめながら丁寧に話しました。しかし、サカルダは何も言おうとしません。目はうつろでふらふらと宙を漂い、まるで今見たものに囚われている風でした。イアリオはこの様子にぞくりとするものを感じて、すぐに、背後を振り向き暗闇の彼方に目を遣りました。いいえ、ちがう、もしかしたら…と、彼女は視線を上に上げました。  ちらちらと真っ青な空の下に浮かぶものがありました。それは人の顔たちのようにも見えますが、よくわかりません。ただ、こちらをうかがって、何もしないかのようです。突然、カムサロスが戻ってきて、サカルダのふとももを裏から蹴り上げました。そして、彼は一人でどこかへ行ってしまいました。慌ててピロットが後を追いかけていくのが見えましたが、そのとき、イアリオはサカルダのうしろに奇妙奇天烈な人間を発見しました。カムサロスでした。ええ、たった今出ていった彼が、彼女の背後にいるのです。ところが、服装はまったく違い、赤に金色のベルトを仕込み、肩からは御立派なショールを掛けていました。しかし、幻はあっというまに消えてしまいました。 「あの子の幻が見えたの。あまり驚いてしまって」  普段、無口なサカルダが、厚めの唇を開きました。彼女の綺麗な色白の肌が、その表面を波立たせて震えていました。ラベルがそっと彼女の肩を抱くと、大兄弟の長女は誰にも見せたことのない怯えた顔をしました。 「幻のあの子が、こっちを向いて笑ったわ。そうしたら私、鳥肌が立ってしまって。どこにも逃げられない、てなぜか思って。どこにも、本当よ?空を見たら、太陽がすごく傾いてみえて、それで、いけない、太鼓を叩かなくちゃって思って…」  彼女は支離滅裂にこのようなことを言いました。そしてこんなことを言っても誰も信じられないだろうといった目を上げました。 「それで、夢から醒めたってわけだな」ラベルが高いところからがっちりと彼女の肩を掴みました。「でも、こんなことはよくあることだ。白い光が強い日差しは、時々こんな不思議なことを起こすんだ」  全員がそれを知っていました。これは、ごくたまたまのことなのですが、無口なサカルダであればこそ、知らなかった知識でした。彼の言う通り、この町ではよく真っ白い閃光が太陽の方角から散り、そのあかりに当てられると忘我の状態に大人も子供も陥ることがあったのです。だから、大人はこんな日のときには建物の影に隠れるように努め、子供たちに注意するのです。サカルダは一度もこんな経験をしたことがなく、彼女の住まいは白い町から離れた草原にありましたので、大人たちの注意を聞く機会もなかったのです。 「これは僕の失敗だね。彼女を一人表に出していたんだから」  ラベルは一人反省する風を見せました。 「サカルダが知らなかったとはいえ判断が悪かった。ごめんよ。君にも、ここにいる全員にも、謝らなければならない」  彼は、皆の方を振り向きました。そんなラベルの態度に、我慢がならなくなった一人の少年がいました。 「トクシュリルだけのせいじゃないよ。生真面目な性格をちゃんと知りながら彼女に任せた僕らこそ悪い!」  彼はヤーガット兄弟の弟でした。ハムザス=ヤーガットは神経質な少年で、よく周りとトラブルを起こしましたが、根はとても真面目で、曲がったことが許せませんでした。 「これは皆の責任だ。そうじゃないか?」  彼は、これこそ本当の判断だと言わんばかりに大声でいばって言いました。 「そうだな。だけど、それならどうして彼女は始めから口を噤んでいたの?冷静な彼女にしちゃ、考えられないことだったぜ?」  彼の兄、ロムンカ=ヤーガットが言いました。そこで、トクシュリル=ラベルが右手を高く掲げました。皆の注意を引き、彼の言葉に注目させるためです。ざわざわとした雰囲気はたちまち静まりかえりました。 「これは僕の意見だが…これからどうしようかということだ。まあこんな日に当たってしまった不幸をいくら咎めたって仕方がないものだ。僕らは全員、これからの探索を心待ちにしている。今も、ここに入る前も、それはまったく変わってないはずだ。さて、どうする?まずは、ほんの少しの探検に終わってしまったが、各自見てきたものを少しでも話してみないか…」  彼はうかがうように全員の顔を調べましたが、異議を唱える者はいませんでした。  その頃、トアロとアズダルの二人組の盗賊は街へ調査に入りました。といっても慎重に、抜き足差し足、まるで泥棒に行くかのような足取りです。この界隈に何が待ち受けているかわかったものではありません。いくら人っ子一人、生物の気配すら覚えなくても、構えをほどいてはなりません。確かに彼らは泥棒をしにこの場所へ来たかもしれませんが、二人組を包みこむ闇は圧倒的で、その下に端然と佇む石組みの家々はまさしく不気味な沈黙で彼らを迎えていたのです。  トアロの懐には何でも入る袋がありました。それは外見ではどのくらいの大きさかわからず、意外なほどの量を収めることができました。彼女はそこから、かつて海賊の男から奪った、ゴルデスクといわれる金属の塊を取り出しました。それは黄金に似た輝きを、この暗闇の中で妖しく光らせました。トアロはじっと塊を見つめてさっと懐に隠しました。長いトンネルの中を進んでいくときも彼女はそうして時折ゴルデスクの塊を見つめました。そうしていにしえの滅びた王国に思いを馳せたわけですが、彼女は意識しませんでしたが、かの塊が彼女を呼ぶように光っていたのです。  やがて二人は鐘楼のある高い塔を見出し、これに登ることにしました。その周りに動くものの気配はしませんでした。中へ入ると、一階層の部屋はほこりが積もり、調度類が壁際に整然と並んでいるままでした。彼らは足跡がつくのを嫌がり、別の行き道を探しましたが、都合の良い道はなく、手段を選びました。松明のめらめらと燃える炎は爪先立ちでまっすぐに歩くことを提案しました。二人は同じ足跡を揃えることで、まるでたった一匹の狐が通り過ぎたようなほこりの穴をつけられました。狭い階段をぐるぐるっと回り、鐘衝き堂も越えて、ようやく塔の最上階の物見やぐらに出ますと、都市の風景が一望できました。そこは、まさしく死に絶えた国で、息をするにも詰まりそうな、物言わぬ建物がどっさり立ち並び下から侵入者を眺めていました。トアロは鳶色の目でこれを見回しますと噂の黄金はどこにあるやらとありそうな所を探りました。しかし、しんとした街並みはまるで何かを覆い隠すように、不気味な溜息をつきました。トアロは入り組んだ街並みを眺め、まずどこがどうつながっているのかを頭に叩き込み、それから探索を始めようと思いました。彼女は緊張をほどき、大男のアズダルになやましく寄りかかりました。 「どうした?」アズダルが低い声で訊きました。「まあ、本当に誰も、鼠一匹もいそうにないが…」 「この街を見てみなよ。こうしてここにあることが、信じられなくないか?何百年、このままたたずんでいたことやら。私はそれに思いを馳せれば、まったくたまらなくなるよ。噂は真実だったとしても、これほどの真実、目の前にして憚られてしまう気分だよ」 「トアロらしくないじゃないか。いつもの気丈なあんたはどうしたんだ?」 「だから、あんたに寄りかかっているのさ。しばらくこうさせて。天井が作られている…ほら、あそこ。人工的に、穴を塞がれたよう。この街には、人の手が加えられている。もしかしたら、滅びた後かもしれない。  しかし、たまらない。黄金は本当にこの街にあるのか。それとも、我々は巨大な幻を今ここに見せられているのか」

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません