破滅の町 第一部
第四章 盗賊と少年 4.後悔の入り口

作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

「ハビデル=トアロ、それにクリシュナルデ=アズダル!お前たちは、どこから来たんだ?」  ピロットの声が耳に届き、イアリオは自分の心臓から注意を背けることができました。 「これは失礼をした、そう、まずはわれわれの出身と目的を語るべきだった」  トアロは鞘に収められた剣を懐に隠し、落ち着き払いました。 「私はミスラルデ、アズダルはトレア、この大陸の東の端から海をまたいである港町の出身だ。私は三十二、この男は三十三、そして今のところ、四十の国を見て回った。ピロット、お前のいる町が四十番目の国だ。そして、今いるこの場所が三十九番目の国…」  彼女はいい加減なことを言いました。彼女やアズダルの出身地はそのような名前ではありません。しかし交渉はもう始まっていました。彼女はこの少年に自分たちがいかなる存在でどういった目的があるか、明確に伝える必要があったのです。彼女はピロットの前で長い袖を引き上げ腕を真横に広げました。 「なぜこのように滅びてしまったのか、私はそれを尋ねに来た。かつて夢に見るように美しいと謳われた古王国が、大量の黄金を残して滅亡したというじゃないか。盗賊の血が騒ぎ、そして秘密を解明しようとするこの探究心が否応にも刺激されたぞ!ところがとうとうやって来てみれば、この街はまるで何かに隠されるかのように天井を封じられていた。元々は岩盤をくり抜いて造ったらしいが、それにしても、その後、岩なり土なりで壁を作り海からも見えなくする必要があったのだろうかね?」  トアロはすり足で一歩ピロットに近づきました。 「何かとても大きな意志を感じるのさ。この街が、黄金の都が、このようにして隠された原因は一体何か?私はここの宝物も欲しいが、その秘密の方がもっと欲しいんだよ。ピロット、いいかい?私は教えてほしいんだよ」  彼女はもっと近づき、吐く息が軽くピロットにかかるまで顔を寄せました。 「ほら、闇の中で死体が息をしているよ。なぜこの街は死体が放っておかれるんだ?こんな冒瀆、地上にあるまじきものだ…それはなぜだ?どうして黄金は人間の死骸とともにあるのだ?いいかい、こんな悪徳、罪と業、私の世界じゃ到底許されるものじゃない…」 「俺は、何も知らない」 「そうか。でもお前の親は確実にこのことを知っているだろう?私に紹介してくれないだろうか。たった一人、お前の親だけでいい」  トアロは彼から離れて、距離を置いて、ピロットの様子をじっと窺いました。 「わかった」 「素直じゃないか。ピロット、お前のことだ、もっとよく、抵抗すると思ったが」 「あんたにこっちの何がわかるっていうんだ?」 「わかるさ、ようく…お前だけじゃない、他の子どもらが、何を探してこの街へ入り込んできたのか、そして、たった一人、お前だけがこの街へやって来たことの目的と意図も…私には手に取るようにわかる。黄金だろう?それが欲しいんだろう?盗賊だ。お前たちは、我々と同じ盗賊だったんだよ。大人たちの目を盗み、黙って金を欲しいままにするために、お前たちはやって来たんだ。いいや、勘違いをするな。私は同じ盗賊として、お前たちの胆力を誉めているのだ。咎め立てるのはお門違いというものさ…だがな、既に我々は宝物をもう我が物としている。我々は取引をしたい。我々が奪った宝物の一部と、この都の秘密とで、交換を願いたいのだ…」  トアロの言い方は勿体ぶって語尾をよく引き伸ばしました。そうすることで、少年の心を操ろうとしたのです。彼女の言葉は奇妙な安心感をもたらしました。彼女の言うとおりにすれば、万事うまくいくとでもいうような、惑いの息を彼に吹きかけたのです。絶妙に、少年の良心をちくりちくりと痛ませながら、こちらの思うとおりに動かそうというものでした。 「わかった」  少年は頷きました。トアロは満足してこの酷薄な顔立ちの少年を見つめました。  彼女は指定の場所を彼に指示しました。約束の時間も彼に告げ、もし間違ったことをしたなら、例えば、親が仲間を連れてきたなどということになったなら、宝物は二度と彼らの手には戻らないと言いました。「われわれは律儀な盗賊だ。盗めないものは、合法的に奪い取ろうとするんだ。地下街の情報、これはとてもじゃないが盗めない。そちらが約束を違うことなく守ったならば、いくつか我々も返す宝物に上乗せをするかもしれないぞ?もしかしたら、全部そっくりそのまま、返す気になるかもしれない…」ピロットはまっすぐ女盗賊を見返して、真面目に返事しました。 「いい子だ。もう行っていいぞ。すばらしい息子だ。よく役目を果たしてきてくれ…」  トアロの口調は最後まで変わりませんでした。二人の盗賊は闇に消え、すっかり気配を隠しました。この時、少年の身にある変化が訪れました。彼は、たしか行方不明の同級生テオルドを探しにやって来たはずです。ところが今は、まったく別の動機が、柱に群がる鼠のように彼の脳に広がりました。彼は未知が好きでした。テラ・ト・ガルのメンバーとして彼が大人しくしていたのは未知に対する敬愛があるからでした。それに彼もまた町の一員として徹底した「欲望に対する抵抗心」を教え諭されていましたので、ラベルが、地下街で何か価値のあるものを発見してもそれを十五人のものとしようと言った時、その言葉どうりに頷いたのです。  彼は地上で彼なりの「我が物」を所持していましたが、それも、この町のルールに則った範囲で許された所持物でした。ところが今、トアロたちと会話して、少年の意識を刺激したのは町の方針とはまったく逆の価値意識…それこそ飽くなき「欲望」でした。彼は、今しがた耳にした彼女の言葉…黄金…に、魅かれたのです。彼は、決して今までそれ自体を欲したことはありません。未知への探究心が収まることを望んだのです。  彼は、その鋭敏な知性でもって、彼女の言う言葉を理解しました。理解しすぎるほど彼にはわかりました。彼女の言うとおり、彼と十四人は盗賊であり、この街から財宝を盗み出そうとしていたことは違いなかったのです。彼は、この街の黄金が人の手に渡ることを拒みました。誰のものにもなってほしくないと思いました。こうしたことを、彼は初めて感じて、まるで心の芯柱が、鼠にかりこりと齧られてゆくようでした。今、彼の心には、テオルドを探し出すよりももっと重要な案件が浮かんでいました。  どのようにして盗賊どもから黄金を奪い返すか…そのことだけが頭に響いていました。  イアリオは、二人組がいなくなりほっと息を吐き出しました。しかし、彼らと言葉を交わしたピロットが心配でした。進み出て、何か話しかけようとすると、彼は歩き出してしまいました。彼女は慌ててあとをついていきました。  そして、先の事件の現場へと到着しました。崩れ落ちた瓦礫の上に下に、無残に散らばった骨が幾重にも積み重なっていました。少女はまったく気分が悪くなりました。けれど、前のように言いようのない恐怖に巻き込まれた気持ちではありませんでした。骨は彼女の足元に散って、目の虚空を静かにこちらに向けていますが、それらはあくまで骨で、過去の遺物なのでした。  ただ、どのような事情がこのような死骸を大量に生ませてしまったのか、それを推測しようとしただけで、またあの暗黒が翻りそうでした。彼女は首を振りました。  ピロットは骨の上に屈み、何か探すような動きをしました。彼女はその時、やっと自分の本来の目的を思い出しました。そうだった、私はテオルドの消息を探しにここへ来たのだった!彼女も彼を真似て骨の群の中に足跡を探そうとしました。しかしまだそのために火はつけられませんでした。あの二人組の盗賊が、近くにいることが考えられたためです。彼女はピロットに一声掛けようと近づきました。しかし、何だか彼はテオルドの足跡とは別の物を探す手つきでした。 「やっぱりないか…」  彼はぼそりと呟きました。彼と仲間たちは、この土蔵の中にもしかしたら財宝がしこたま貯えられているのではと信じたのです。それで、わざわざ槌でもって壁を打ち壊したのです。しかし、出てきたのは、何度見てもただの石と化した人間の骨ばかりでした。彼は残念な気持ちになって、さてどうしようかと首を振りました。彼は黄金を見たいと思いました。もし、大量にそれがこの街にあったなら、盗賊たちがすでに盗んだとしてもまだ彼らが奪い切れていないものがあるのではないか、と考えました。もしそうなら、探してみてもいい。だが、それなら盗賊のことはどうしたらいいのか…?  彼は、背後に誰か人がいることに鋭く気がつきました。針のような視線を彼はその相手に送りました。そして、相手が誰だか知って、彼の目つきはするっと変わってしまいました。 「なんだ、お前か」  彼は冷たい口調で言いましたが、目は穏やかでした。 「何しに来たんだよ」  ああ、聞くまでもないことだった…と、彼は思いました。イアリオは彼の隣に立ち、彼と一緒に無数の人骨の山を見つめました。 「あんたと一緒よ。テオルドを探しにね」  …ピロットは、はっとした顔つきになって、一瞬、非常に頭が混乱しました。イアリオの言葉によって呼び起こされたのは、彼の元の目的でした。 「こんなところにテオルドはいないよ。別の場所を探しに行こう」  彼女は松明を使わず暗闇の中を歩き出しました。さっきの盗賊が近くにいるなら、テオルド探しもまた今はできないと考えました。彼女はまた、盗賊についてはとても自分たちの力だけで解決は望めないと思いました。相手はいかにも世界中を渡り歩いた、落ち着きと自信に満ちた風格を醸していました。子供がかかって対等に闘えるものではありません。(テラ・ト・ガルの誓いは破られてしまうといえ)彼女は思いました。(これは一刻の猶予を争われるはず。テオルドのこともある。とても私たちの手に負えないわ)  彼女は一度地上に出ることをピロットに提案しました。彼はこれを呑みました。表に出ると、それまで澱んだ空気ばかりを吸っていた感覚が、急に爽やかに晴れ渡っていきました。イアリオは深呼吸しました。そして、今しがた出くわした新たな問題を、しかめっ面して考え出しました。 「ピロット、私はこう思うわ、これはもう、私たちの手に負えないって。テオルドのことも、盗賊のことも、あの誓いは大事だけれど、私はもう、誰かの力を借りなければならないと思う。だって、もしまだテオルドが地下に取り残されていたら、もしかしたら、あの盗賊たちにまた出会っちゃうかもしれないでしょう?彼らは敵だよ、私たちの町に侵入してきたの、退治しなきゃならない。でも私たちには力がないわ…」  しかし、彼は反論しました。 「俺たちだけでなんとかしよう。あんな盗賊どもに、好き勝手に俺たちの街を自由に歩き回られていたんだぜ?しかも俺たちの探した、黄金をもう奴等は持っているって話だ!これが放っておけるか、誰かに討伐を頼む?悔しくないか?俺は、イアリオ、テオルドのことも面倒みるぜ。あいつだって俺たちの仲間さ、俺の言うことを、理解するはずさ。みんなそうだろ、十五人の仲間たちが、頭つき合わせて何か考えてみろよ、きっといいアイデアが浮かぶはずだろ。テオルドも、盗賊も、俺たちでなんとかしよう」  彼は渇いた口から唾を飛ばしながら、彼女に訴えました。だが、ここに来てイアリオは猛烈な疲労感にひざを崩しました。 「…え?どうした!」  ピロットは慌てて彼女の側に来ました。イアリオは虚ろな目で彼を見上げました。ぼんやりと見えた彼の顔面の輪郭が、彼女を和ませました。この瞬間、彼女ははっきりと、自分はこの男の子が好きなのだと思いました。熱っぽい想いで彼を見つめると、その視線に耐え切れなかったのか、すぐに彼は目を逸らしました。風が吹き、疲れた体を、湿った布巾で拭うように心地よく涼ませました。 「大分疲れちゃった。まったく、どうしてこうなっちゃったんだろうね…」  彼女は自分や自分たちの行いの反省や悔悟も含んで言いました。でも、気分は嬉しさに偏り、これから臨むべき課題にその瞬間は少しも脅威を感じませんでした。 「あんたが、こんな風に誰かを心配するなんて思いもしなかったよ?ねえ、ピロット?」  イアリオは口を滑らせました。ピロットは慌てて立ち上がり、地面を蹴って、今の行動をすばやく反省しました。 「でも、あんたの言ってることは尤もだと思う。私もそう願いたいよ。みんなでなんとかできたらね。でも事態は一刻を争っている。そうは思わない?テオルドがもし…何も食べずにあの街をさまよっているのだとしたら、私は我慢できない。あいつを何とかして助けなきゃ嫌だよ。それに、盗賊だって…あいつらは危険だ。私たちの町に、はっきり宣戦布告してきたでしょ!私にはいいアイデアなんて思い浮かばないよ。知らせることが一番だ。一度に二つも解決なんて…できない」  最後の方は、もう本当に泣き出しそうになって、彼女は言いました。ピロットはじっと黙って聞いていましたが、そんな彼女の顔を見ていて、ぱっと何かが閃きました。 「俺は反対だ」 「どうして?」 「これは俺たちの問題だろ。俺たちの街で、あいつらは問題を起こしているんだからさ!俺たちでなんとかしなきゃならない。そうじゃないか」  彼はふんっと鼻を鳴らしました。 「俺がもう一度中に入って、きっとテオルドの奴を探し出す。一日だけ待ってくれないか?盗賊たちに対しても、俺はいい作戦が浮かんだぜ?こっちもうまくいくはずだ。それにさ、事がばれたら、俺たち、ただじゃ済まないかもしれないぞ?吊るし上げくらって、何日も飯抜きされて、いいことなんて何一つない。ばれないようにやらなきゃならない。ラベルも言っていたじゃないか、慎重に、慎重にって!」  イアリオは薄ら寒い気持ちになりました。彼女はもう、事は公に晒して自分たちは審判されなければならないと思っていました。でも、彼女は彼の言うことを信じることにしました。一応期限は付いていたのです。彼の口からはっきりと、一日だけだと。  二人は別れました。彼女は、確かに彼と一日だけ待つと約束しました。待ち合わせの場所も決めて、テオルドは、きっとそこへ連れて行くと。しかし、彼女は決して彼の力を信じていたわけではありません。今でも不安や恐れの念が強いのです。彼にだってこれ以上不測の事態が訪れるかもしれません。なにしろ、舞台はあの猛烈な闇の中なのですから。  それでも彼を行かせたのは、彼のことが、好きだとわかったからです。どうあってもピロットは彼女の言うことなど聞かず飛び出したはずでした。そうでなければ彼ではなかったからです。ですからイアリオは、たった一日だけですが、彼に任せることにしました。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません