このクソみたいな世に祝福を
4 髑髏十字の仕事

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 今日のキウラさんは、先日会ったときとは随分違う雰囲気だった。前回はゴスロリというのだろうか、暑苦しい真っ黒なフリフリドレス風衣装をまとっていて、それが彼女のドラキュラ感を助長していたのだが、今日は全く違う。なんていうか、普通の女の子っぽい。強いて言うならば、スカートが短くて、ちょっと色気がある。でも、いやらしいというほどではなく、見ようによってはエロいけどギリギリ清楚系と言えなくもない。  そのキウラさんが、これまた先日は見せなかったような、怯えた表情で腐れ店長を見つめている。目に涙までためて、まるで悪漢に襲われた無垢な淑女といった風情だ。  私はそんなキウラさんをあんぐりと口を開けて見つめるばかりだ。本来ならこれが普通の女の人なんだけど、あの禍々しさをダダ漏れにした彼女の姿を知っている身としては、今の彼女のほうが気味悪い。一体何考えてんだこの人は。  何が起こったのか理解できない私を後目に、キウラさんは乙女の仮面を貼り付けたまま、震える指で店長を指差した。そして言ったものだ。 「こ……この人、今、私のお尻を盗撮してましたぁ!」  往来店内問わず、周囲にいたすべての人が足を止めた。好奇と批難と軽蔑の視線が店長に注がれる。それはあたかも数万の軍勢にグルグル巻きに包囲された小城の如し。今まさに総攻撃をかけんと引き絞られた弓矢のような視線にさらされて、さすがの腐れ店長も顔を青ざめさせた。 「ち……違う! そんなわけがない」  慌てふためきながら尻ポケットからスマホを取り出す。その手をキウラさんがガッチリとつかんだ。 「じゃあ、これは何なのよ」  そして店長の手に握られたままのスマホの画面を開く。そこに写っていたのは、確かに今キウラさんがはいているスカートの臀部。えげつないアングルで写された、猥褻極まりない画像だった。 「こんなもの撮っておいて、しらばっくれるんじやないわよ」  キウラさんの声音が変わった。ドスの利いた、妖気を吐き出すかのような声。これぞ女ドラキュラの面目躍如といった、迫力に満ちている。 「さあ。観念して、出るとこ出ましょうよぅ」  もはや反論もできずに腐ったミカンみたいな顔になって震えている店長にささやきかける。その彼女の横顔も、もはや先程までのしおらしい乙女のそれをかなぐり捨てて、人間の生き血をすする怪物の本性をにじませている。目に涙なんか浮かべていたのが嘘のように、楽しそうにしちゃって。少し開いた口から覗いた彼女の白い犬歯が、こころなしか牙のように見えた。 「違う……違うんだ。俺はこんなことやってない。そうだよなぁ、阿久津君……」  蚊の鳴くような声で言い訳しながら、店長がすがるように私を見た。それと同時にキウラさんもまた、私に目配せをする。  その時になって、ようやく私は理解した。  そうか。キウラさんは、また私を助けてくれたんだ。  そして私は決心する。今、私がするべきことは明確だ。 「女の人の言うとおりです。店長が今、この人を盗撮してたんです! 挙動がおかしくて、まさかとは思ったんだけど、怖くって……」  店長の表情が凍りつき、そこからみるみるうちに生気がうしなわれていった。そんな彼を見返す私の目はきっと、ドライアイスもかくやというほどの冷気を放っていたことだろう。その冷気をのせた視線で、私は彼に語りかける。  なんで、私があんたなんかをたすけなきゃいけないの。常に私を見下し、蔑んで、私に嫌な思いばかりさせてきたあんた。強いものに媚びへつらい、弱い者には容赦しなかった。自分ばかりが正しいとうぬぼれて、いつも私たちを押さえつけて恐怖で支配し、叱責と批判と否定と侮辱しか与えてこなかったあんたを、今さら私がたすけるわけないじゃない。いいえ、たすけないだけじゃ気がすまない。今こそあんたに、私が受けてきた屈辱を、何倍にもして返してやる。 「以前から気持ちの悪い人だと思っていたけど、店長。あなたには心底失望しました。警察を呼びます」  私は感情を殺した低い声でそう言って、自分のスマホを取り出し、110とダイヤルをプッシュした。 「そ……そんな……」  店長は抵抗する気力をなくし、地面にへたり込んだ。虚空を見つめる、その絶望感に満ちた表情を見下ろしながら、私は人知れず片頬をあげた。  腐れ店長を警察に突き出した帰り、私はまたキウラさんに連れられて、あの郊外の閑静な住宅街の道を歩いた。 「いかがでしたか」  キウラさんは初めて会った時と変わらぬ、落ち着いた、ちょっと陰気な口調でたずねてきた。今あった事件などどうとも思っていないふうに。まるで買い物帰りのような気安さで。 「ええ。……なんていうか……」  それに対し私は、まだ興奮が収まらず、胸をドキドキさせたまま答える。 「いまだに信じられない。スカッとしたけど。……やってしまった、って感じ。ねえ、こんなことして、大丈夫なのかな」 「なあに。大丈夫なんですよ」  キウラさんは軽く答える。  実は、さっきの盗撮事件はキウラさんが仕組んだことだった。彼女が店長の尻ポケットから素早くスマホを抜き出して自らの臀部を撮影し、元に戻した。一体どんな手際の良さでその一連の作業をこなしたのか全くの謎だが、確かに撮れていたのだからしょうがない。 「でも、これってさ。冤罪ってやつじゃない。犯罪じゃないの」  そう。無実の人間を罪に陥れるのはれっきとした犯罪だ。勢いとはいえ、私はそれの片棒を担いでしまった。世の中に顔向けできない、どうしよう。  しかしキウラさんは動じない。 「冤罪? ……無実だとでも言うんですか。あの人が?」  そう言い返したかと思うと、住宅街の屋根屋根の上にかぶさる暮れ色の空を見上げた。 「あの人は、人を思いやるということをせず、人を傷つけることばかりをしてきた。人の心を壊し続けてきた。人の心を壊しながら、それを悔いもせず、己のみ満足な生活を送っていた。それは罰せられるべき罪です」  空を見上げながら物思いにふけるようにしばらく歩き、そして立ち止まる。そこは例の教会もどきの敷地前の路地だった。キウラさんは振り返り、私に手を差し出しながら語る。 「これが、我が組織髑髏十字の活動です。我々に法は通用しません。法にふれようがふれまいが関係ない。人の作り出した法を超越したところから、天に代わってあのような輩を罰する。それが使命なのです」  なんか、本格的にやばい組織だ。  私の背筋に寒気が走る。しかしそれと一緒に、何とも言えぬ高揚感が頭の上へと突き抜けていくのを感じた。店長を突き放した時と同じ感覚。いいじゃないか。何を遠慮することがある。私を散々踏みつけてきたこの世じゃないか。このくそみたいな世の中に一矢報いてやろう。  私は差し出されたキウラさんの手を強く握った。  キウラさんがニヤリと、口を邪悪にゆがめた。彼女の背後、屋敷地の杉の木立にかかる雲が紅く染まっていく。その色はまるで、彼女がすすった人間の生き血のようにみえた。

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