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 開いた格子戸の向こうから姿を現したのは、世紀末四天王のひとり鈴木さんと、ブラックシスターズ黒川さん。彼等は南条君を挟むようにして彼と対峙する。まさに前門の虎後門の狼。前門のいかれマッチョと後門の変態女だ。二人の顔には残忍な笑みが浮かんでいる。獲物を前にして主人の命を待つ猟犬のように、今にも涎を垂らさんばかり。「散々見せつけやがって。お前のラブシーンなんかぐちゃぐちゃにしてやるぜ、グヘヘ」とか思ってそうだ。  私はとっさにキウラさんにすがりつく。 「ねえ、逃がしてあげて。女はいいや。せめて南条君だけでも」  こうなったら泣き落とししかない。そんなのがこの冷徹なドラキュラ女に通用するかわからないけど。むしろ面白がってもっと酷いことを考え出さないことを祈る。  その時だった。廊下の奥で大きな音がしたかと思うと、私たちの侵入に使ったドアが派手に吹っ飛んだ。何事かと一斉にそちらを向く一同の視線を浴びて、そこからにゅっと現れたのはタコ入道……ではなく、二階堂さんだった。  キウラさんの顔色がサッと変わる。二階堂さんが、南条君の妹理絵さんを抱えていたからだ。 「しまった。あいつも捕らえろ」 「ジョー。はやくこっちに来い」  キウラさんの指示と、二階堂さんの怒鳴り声が重なる。それと同時に私は走り出し、南条君の行く手をふさぐ鈴木さんにとびかかっていた。 「うわ。何するんだ姐御。こんな事したら、あんた大変なことになるぜ」  私を脅しながらも困惑するモヒカン男に力いっぱいしがみつきながら、返事の代わりに彼をにらみつける。一点の迷いもない、澄み切った美しい瞳が、彼の目には映っていたことだろう。  心配してくれてありがとう。だけど、私はこれでいいんだ。  こんな時だというのに、胸の奥から笑いがこみ上げてくる。何が可笑しいのかわからないが、私は笑わずにはおれなかった。  ほどなく私の周囲で乱闘がはじまる。無我夢中だった。場が騒然としているということしかわからなかった。飛びかう怒号と足音。地面の揺れ。物と物がぶつかる音……。おまけにマッチョな世紀末男に振り回されて体のあちこちが壁や床にぶつかる。やがて、頭に強い衝撃が走り、私の意識は沼に引きづり込まれるように暗闇にのまれた。  意識が戻ると、私はぼろっちいアパートの一室にいた。  広さは四畳半くらいか。ベッドと机があって、それでいっぱいになってしまうほどの、小さい部屋だ。時刻はもう夕方のようで、橙色の光が薄いカーテンの隙間から差し込んでいた。ビジネスホテルの部屋のように、出入り口と部屋との間に短い廊下のようなスペースがある。いちおうトイレもついているようだ。私は起き上がって入り口にむかう。しかし、入り口前に出たところでガックリと肩をおとした。  目の前にあるのは部屋から出るドアではなく、外の世界との行き来を遮断する鉄格子だった。私はどうやら、あの監獄に入れられてしまったようだ。  ひんやりと冷たい鉄の棒を握り締め、映画とかで捕らえられた人がそうするようにガチャガチャと前後に格子戸をゆらしてみる。当然開かない。しかしその音が合図だったみたいに、靴音が部屋に近づいてきた。 「阿久津真子。なぜ君がそんなところにいるか、わかるね」  丸眼鏡を指で押し上げながら私の前に立った、その痩身の男は我が阿久津班の情報係、エムさんだった。 「さあ。身に覚えはないねえ……と言いたいところだけど、おおいにわかるよ」 「組織への反逆の罪だ。これは重いよ。いずれ本部に送られて処罰されることだろう。言い訳は、あるかい」  私は口を開きかけてそれをやめ、自嘲しながら首を振る。大事な人をたすけたかったんだ……などと言っても、一笑にふされるだけだろう。ただ、南条君たちがどうなったかだけは知っておきたい。あのあとみんな逃げおおせたのか、それとも……。 「星乃雑貨店の……人たちは? あのあとどうなったの」  エムさんはニヤリと口をゆがめてから答える。 「気になるかね。やはり君はあの組織の回し者だったのか。上が怪しんだとおりだ」  そして食事ののったトレイを格子戸の下にある差し込み口から部屋の中に入れて、踵を返し、廊下を去っていった。  キウラさんが訪ねてきたのは翌日の朝だった。 「格子戸越しに見ると、ホントの犯罪者っぽいですね。真子さん」  などと憎まれ口をききながら腕を組む。毒を吐きながらも、その口元は楽しそうに歪んでいる。いつも通りの彼女だ。 「あなたに言われたくないよ、キウラさん」  そう返してから私は、意を決して彼女にたずねた。 「ねえ、教えて。あの夜のことを。あの後、南条君は……星乃雑貨店の人たちは、どうなったの?」 「その前に、私に言うことはないんですか?」  私を見据えるキウラさんの目が、私の心を覗こうとするように細められる。 「えっと……ごめんなさい。あんなことしてしまって。裏切るつもりはなかったんだけど……」 「まったく。傷つきましたよ私は。よりにもよって、男にうつつを抜かして自分の役割を忘れるとは。私達がどれほど困り果てたかわかりますか? 私達より男が大事ですってか。破廉恥極まりない。この桃色ハレンチ娘」 「うう……一言もないです。ごめんなさい」  確かに、キウラさんからしてみれば腹が立ったろう。仲間と思って信頼していたのに、急に足を引っ張るような行動に出たのだから。しかも、自分たちとはなんの関わりもないカップルのために。面白くないことこのうえない。私がキウラさんの立場なら、土下座の一つや二つは要求するところだ。 「誠に申し訳なかった、キウラ参謀。どうか許してください。これ、このとおり」  言われる前に平伏しようとその場に膝をつこうとしたところ、キウラさんがそれを制した。 「土下座ごときで私が許すとでも?」  さすが冷徹なるドラキュラ娘。その非道さは私も熟知するところだ。彼女の歪んだ口元を見つめながら私は恐怖に打ち震える。この女、私にどんな罰を与えるつもりだ。まさかこの格子戸に私を縛り付けて、バラ鞭でひたすら打ち据えようというのではあるまいな。  キウラさんがポケットから取り出したのはバラ鞭……ではなく、紙だった。差し出されたそれを受け取って広げると、何も書いてない。白紙の、三枚の原稿用紙だ。視線を上げてキウラさんを見ると、彼女はいやらしい笑みを頬に浮かべた。 「反省文を書いてもらいましょう。原稿用紙三枚分。昼ご飯のときに取りに来ますので」  そして踵を返す。その時、ご飯というワードを耳にした私の腹が、キュゥぅ、と切なげに鳴った。 「そういえば、朝ごはんは?」 「抜きです。反省文が書けていなかったら、昼も抜きにします」  オニ! キウラぁ~! という私の悲痛な叫びが、朝の清澄な光差し込む廊下に響いた。  無い知恵を振り絞り、乏しい語彙力を総動員して、私はなんとか昼までに反省文を書き上げた。一世一代の力作だ。その文は朴訥にして実直。けして美麗ではないが、抑えた表現の所々に私の誠意が泉のようにコンコンと溢れ出し、読む者の涙を誘うことであろう。  私の力作を読むキウラさんの手が、ぷるぷる震えている。その目尻には涙。口からは変な声が漏れ出る。 「ククク……。コイツぁ、ケッサクだ」  読み終わると、彼女はそう言って腹を抱えて笑った。 「これはまた、随分破廉恥なものを書きましたね。まるでラブレターだ。こいつはいい。気に入りましたよ」  なんだか褒められてる気がしない。っていうか、絶対面白がってけなしてるでしょ、この人。柄にもなく感情込めすぎたか。キウラさんの格好の玩具になってしまった。 「もう気が済んだでしょ。返してよ。あと、お昼ごはん」  白米と味噌汁ののったトレイを下の差込口から入れた彼女は、しかし反省文は返してくれなかった。 「これは記念にもらっておきます」  抗議の声をあげようとする私の機先を制するように、言葉を続ける。 「捕まりましたよ。全員」  あまりにあっさりと言ったものだから、何のことかわからずに私は聞き返してしまった。 「何が全員捕まったって?」 「星乃雑貨店の連中です。あなたの彼氏も。彼氏の彼女も、妹も。タコ入道も。あの場にいた者はみんな、捕らえられました」 「そうか……」  我が阿久津班の対星乃雑貨店撲滅作戦は成功したわけだ。だけど私は、それをどう受け取っていいのか分からなかった。喜ぶことも、悲しむこともできない。星乃雑貨店は敵で、その壊滅のために私たちは活動していた。しかしあの夜、私が望んだのはそれではなかった。あの時振り絞ったなけなしの勇気は、髑髏十字のためでも星乃雑貨店のためでもなく、南条君だけのためだった。でも彼の心の中にいるのは私ではなくて……。それなのに私はみんなの足を引っ張って、そしてその成功を喜べないでいる。私は一体、何をやっているんだろう。  私はその場にしゃがみ込み、箸と茶碗をとって、ご飯を遮二無二かきこんだ。あたたかい白米が喉を圧迫しながら通るたび、波のように悔しさが後頭部を駆けあがり、鼻の奥がつんとした。 「なに、泣いてるんですか」 「泣いてないし」  キウラさんは言い返してこなかった。私がご飯を食べ終わるまで、私の目の前の格子の向こうに、黙って突っ立っていた。 「ごちそうさま。ごめんね、むきになって」  私はトレイを格子戸の向こうに返すと、立ち上がってキウラさんと向き合った。 「おめでとう。これでご褒美もらえるね。私はもうダメみたいだけど……」 「ご褒美は、ないですよ」  キウラさんは表情も変えずに言った。 「阿久津班は解散。メンバーはみんな、無頼亭に引きこもって不貞腐れています」 「えっ?」  私は言葉を詰まらせる。それってひょっとして、私が裏切ったから……。 「……ごめん」 「謝らないでもいいですよ。あなたのせいではないですから」  キウラさんは鼻で笑って説明してくれた。 「あの夜、星乃雑貨店のメンバーを捕らえたのは我々ではありません。もともと本部直属の部隊が私たちの行動を把握していて、我々を包囲していたんです。エムさんが本部からの目付け役だった」 「何が、あったの?」 「あの日、あなたが鈴木さんに飛びついた後、南条と女は我々と一戦交えるのかと思いきや、それをしなかった。なんと逃亡をあきらめ、私たちに降伏しようとしたのです。ブラックシスターズも他の無頼漢たちも、唖然としていましたよ。あなたが鈴木さんを抑えようが抑えまいが、我々だけで任務は成功させることができるはずでした。なのに、そこに本部の部隊が突入して星乃雑貨店の奴らを一網打尽にし、我々の手柄を横取りした」  いったん言葉を切り、そしてため息まじりに付け加える。 「エムさんが白状しました。この作戦は、私たちを標的にした茶番です。上の目的は私たちのてんとう虫でした。そのためにこの作戦を仕組んだのです。私たちには最初から手柄を立てさせるつもりも褒美を与えるつもりもなかった。我々は、ただの囮として使われただけだったのです」  何も言えずに私は彼女を見返す。病的なほどに白い顔はいつもより青ざめて見え、しばらく血が吸えずに飢えた吸血鬼みたいだ。しかし私を見据える紅い瞳はらんらんと輝き、まるで燃えているかのようだった。  キウラさんは私を見つめたまま格子戸に近寄った。腰のあたりで何かをガサゴソ動かしていたかと思うと、やがてギィと音がして、目の前の格子戸が開いた。 「あなたを本部に連行するようにという命令が下っています。そしたら、私にだけは褒美をくれて、幹部としてとどめると、上は言っています」  言ってからまた、自嘲するように鼻で笑った。 「クソくらえです」  そして一歩引いて、私の前に道を開ける。 「お逃げなさい。私は褒美だけもらいに行きます」

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