このクソみたいな世に祝福を
6 略奪女に天誅を

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 式場付属の教会には、大勢の人が集まっていた。  退屈な式だ。見知らぬ人間の結婚式など、心底どうでもいい。よくドラマとかで見かけるのとそっくりの、ありきたりな式。新郎新婦が入場し、賛美歌を歌い、神父がゴニョゴニョと聖書の一節を朗読する。  誓いのキスを交わすために、新郎によって花嫁のベールがたくし上げられた。大きな窓から差し込む光を浴びた花嫁の表情はとても幸せそうだ。純白のウェディングドレスに身をつつみ、頭に載せたティアラをキラキラさせてにこやかに微笑んでいる。マリア様もかくやの、慈愛に満ちた微笑み。  壇上の二人がおもむろに口づけをする。列席者が次々と立ち上がり、カメラを向ける。シャッター音とフラッシュを浴びながら、これでもかというほどキスシーンを見せつけたあと、花嫁はまたみんなに笑顔を振りまく。  みんな……みんな本当に幸せそうだ。花嫁も、それを祝福する列席者たちもみんな。心からこの日を喜び祝福している。その中でただひとり、最後列に座るさとみさんだけが、うつむき唇を噛んで涙をこらえている。  この人は、私だ。  横を向いてさとみさんの様子を眺めながら私は思い出す。学生時代、いつも教室の隅でうつむいていた自分の姿を。誰からも見向きもされず、クラスのみんなが、地味で内気で独りぼっちな私をあざ笑っているように思えた。あの頃の惨めな気持ちを。  あなたは、それでいいの?  壇上で相変わらず楽しそうに笑っている花嫁に、私は心のなかで語りかける。あなたはそれで、本当に幸せ? 自分だけ欲しい物を手に入れて、そのためにこんなふうに人を泣かせて、それで本当に幸せなの?  もちろん花嫁には私の言葉は届かない。こんな私の視線にも気づかず、口づけの後、新郎の左手を取ってその薬指に指輪を通している。その顔にはまるでこう書いてあるようだった。ええ、私は幸せよ、と。さとみさんを泣かせても、なんの良心の呵責もない。心の底から満足しているのよ、と。 「いい表情ですねぇ。花嫁さん」  さとみさんとは反対側の私の隣で、キウラさんが嬉しそうにつぶやいた。 「それでこそ壊しがいがあるってもんです。さあ、今のうちにせいぜい幸せ気分を味わうがいい。すぐにその笑顔を涙でどろどろにしてやる。ククク……」   口をゆがめて、舌なめずりしながらニヤニヤしている。これからライオンの獲物を横取りしてやろうと草陰に潜むハイエナみたいだ。その横腹を咳払いしながら私は小突く。 「ちょっと。そんな顔してると目立ちますよ。もうちょっと神妙にしてください」 「なんでですか。みんなニコニコしてるじゃないですか。私も同じようにニコニコしているだけですよ」  同じではない。同じニコニコでも、あんたのそれは不吉で浮いてるんだよ。ちなみに私たちの作戦決行の場所はこの教会ではない。この式の次に予定されている披露宴だ。それなのになんでこんなところにいるのかというと、キウラさん曰く「心を燃やしたい」からだそうな。  私の左隣でさとみさんが本格的に泣きはじめた。ハンカチを目に当ててしきりに鼻をすすっている。私の右隣りでは何を妄想しているのか鼻息を荒くしたキウラさんが、腹を抱えて笑いをこらえている。やれやれ……。この二人に挟まれる私は一体どんな顔をしていればいいのか。  新郎新婦が腕を組んでヴァージンロードを退出していく。どうか式場スタッフさんやほかのゲストに怪しまれず、無事に任務を終えて帰れますように。その願いを込めて、私はフラワーシャワー用の花をヴァージンロードに投げつけた。  私達の今回の作戦は、実にシンプルなものだ。  披露宴の途中、余興と称して持参した特製ムービーを流す。もちろん、花嫁を祝福するような楽しいムービーではない。花嫁のあられもない姿が映し出された、マル秘映像だ。ここ数カ月キウラさんが標的を付け回して収めた、花嫁の悪行の数々が収められている。怪しげなクラブでの乱交や不倫相手との密会の現場、そして複数の男と褥を共にしてのあんなことやこんなことまで。そんなものどうやって撮ったのかはよく知らない。とにかくその内容、低俗かつ卑猥。観る者すべてに吐き気をもよおさせ、せっかくのご馳走を泥でも食ってるような気分にさせること請け合いだ。不倫した挙句あんな変態プレイに興ずる花嫁もたいがいだが、そのゲスっぷりを余すところなく引き出した編集もまた神がかっている。正直こんなものを作った者の品性を疑う。まあ、作ったのはキウラさんなんだけど。  その映像を収めた小型プロジェクターは、すでに会場に仕込んである。さっきスタッフのふりをして準備中の会場に忍込み、大きなテーブルの、ジャングルみたいなディスプレイの中に据え付けてきたのだ。  もちろん私たちの席など会場に用意されていないから、私たちは会場外でその時を待たねばならない。そのプロジェクターのリモコンを片手に会場外のロビーを行き来する私達は、きっと露骨に不審だったことだろう。それでも呼び止められたりしなかったのは、キウラさんの態度があまりにもふてぶてしく堂々としていたからと、彼女の垂れ流す妖気があまりにも禍々しくて誰も声をかけたくないからなのだろうと思われた。だが、この状態がいつまでも続くとは思えない。ときどき会場の出入り口を行き来するスタッフさんが、こちらに視線を投げ掛ける。その目ににじむ警戒感が刻一刻と濃くなっている気がする。彼らと目を合わせないようにしながら、教会にいるときより熱心に私は神に祈る。あと少し。余興の時間が訪れるまでのあと少しだけ、このキウラマジックが効いていてくれ、と。  その祈りはどうやら届かなかったようだ。 「あのー。ゲストの方……ですよね?」  背後から誰かに声をかけられた。私の全身が零下十八度の濡れタオルのように硬直する。ガタガタ震えながら恐る恐る振り返ると、そこにいたのは黒いスーツで身をかためた中年の女の人。私たちが式場に入った時に案内してくれたあの人だ。 「先ほどから、会場を出たり入ったりしているみたいですけど、披露宴は御覧にならないの? 席はご用意されてなかったかしら。……お名前を、伺ってもよろしいですか」  もちろんそんな質問に答えられないし、名前なんか言えるわけない。機転の利いた言い訳も考えつかず私が口をパクパクさせていると、中年スタッフはその目に明らかな警戒心を浮かばせた。 「あ……あの、その……。あつくって……」  訳の分からない言葉を口走りながら、私はハンカチを取り出してやたらと額や首筋をぬぐう。だらだらと汗が流れ落ちる。ああ、だめだ。これじゃあ、動揺しているのが丸わかりだ。絶対、不審者だってばれてる。 「そーなんてすぅ。あまりに新郎新婦がお熱くって、いてもたってもいられなくって」  キウラさんが突然彼女らしからぬテンションで横から割って入った。 「私たち、実は披露宴には呼ばれていないんですけど、新婦の友人としてサプライズ演出がしたくて来たんです」  スタッフの目から警戒の色が消え、こわばっていた表情が和らいだ。それにつられて私もほっと胸をなでおろす。どうやらピンチは脱したようだ。さすがキウラさん。うまいこと言うなぁ。  ……などと油断した私は大バカ者だ。中年スタッフはにこやかに笑いながら一歩にじり寄り、私の顔を覗き込む。その目は全然笑っていなかった。 「それで……、どのような演出をなさるのですか」  私は先生にいたずらを追及される子供のごとく声を詰まらせる。言えるわけないよ。これから会場にお下劣ムービーを流します、なんて。  また私の身体のいたるところからだらだら汗が流れだした。その時だった。 「あっ。時間だ。はやくしないと」  突然キウラさんが大きな声でまくしたてて、スタッフの身体を押しのけた。その勢いで私の腕をつかみ、広間の出入り口へと駆けよって扉を開いた。 「もはやこれまで。あとは突撃あるのみ。私はここでスタッフ連中を食い止めるので、あなたはあのムービーを会場内で流すのです」  そう言って私にプロジェクターのリモコンを押し付け、私の背中をどついて会場内へと押し込んだ。  ちょうど諸々の挨拶や紹介が終わったのだろう。披露宴会場は煌々と照るシャンデリアのもと、大勢の人の歓談の声でにぎやかだった。白いテーブルクロスの敷かれたテーブルが所狭しと並び、その上にご馳走と花束が咲き乱れる。それぞれのテーブルを囲む紳士淑女は皆ご機嫌で、この日の幸福を露ほども疑ってはいないようだった。  その、会場を埋める人々の目が、突然の闖入者たる私に一斉に注がれる。その誰もの表情にはクエスチョンマークが浮かんでいるのがわかったが、私はそれを気に留めることをすぐにやめた。彼等の疑問はすぐに解決されることだから。そしてそのとき、私たちはもう、ここにとどまってはいないだろう。  ええい。ままよ。  皆の視線を浴びて、私はようやく腹をくくる。逃げ場はない。突撃あるのみ。遠からん者は音にも聞け。近くば寄って目にも見よ。我こそは不幸の使者、阿久津真子であるぞ。  心の中で威勢良く名乗りをあげてから、私は新郎新婦のテーブルにのっていたマイクを取り上げた。 「わ、私ぃ~。紗代の友人で~す。花嫁を祝福する映像を贈ります。どうぞ、ご覧になってくださ~い」  それと同時に会場の明かりが消える。キウラさんだな。私は託されたリモコンを掲げて、再生ボタンを押した。  披露宴会場の、新郎新婦の斜め後ろの白い壁に百インチをゆうに超える大画面が映し出される。人々の注目がそこに集まり、会場のざわめきが次第に引いてゆく。そのすきに私は、闇夜の盗人のごとく中腰になって、そそくさと広間から脱出した。  映像の映し出された披露宴会場の、その後の一部始終を見届けるつもりはない。そんなことをせずとも結果は容易に想像できたし、あの場にのんびり残っていたらひどい目に合うのは私たちの方であることは明白だったからだ。怒りの群衆に取り囲まれる私たち。魔女狩りのごとく縛り上げられて磔にされた挙句火あぶりにされ、哀れな骸をさらすことになるだろう。恐ろしや。  幸い会場の出席者たちもスタッフたちも、突然の出来事に意表を突かれ唖然とスクリーンを見つめるばかりだったので、脱出の隙は十分にあった。あとは彼らが事の重大さに気づくまでにできるだけ遠くに逃げるだけ。念入りに隠しておいたから、暗い会場内であのプロジェクターを見つけ出すのは困難だろう。キウラさんは電源を破壊したそうなので、明るくすることもできまい。ちなみにあの小型プロジェクターは特別なもので、一度再生されたら止めることはできない。再生終了後は自爆する仕組みになっている。あの子ひとりだけでその後の仕事はしっかりこなしてくれるはずだ。  もっともキウラさんだけは残念そうな顔をしていたが。 「ああ、観たかったなぁ。あの花嫁が顔を青ざめさせて泣きわめく姿を……」  式場の廊下を駆けながら、何度もそうぼやいた。本気でそう思っているらしく、今にも引き返しそうなそぶりを見せるので、軽挙妄動を起こさぬよう私はその腕を一生懸命引っ張らねばならなかった。 「そんな死地にとび込むような真似はよしてください。命あっての物種ですよ」  そうなだめすかしながらなんとか玄関ホールを突破する。その時だった。遠く、私たちの背後から何やら悲鳴のような声が流れてきた。皿が割れる音、何かが落ちる音がにぎやかにつづく。そしてまた叫び声。世にも悲痛なその叫びは途中から泣き声に変わったかと思うと、大勢の人間の発する怒号にかき消された。  式場から脱出し、敷地外の道路に出たところでキウラさんが立ち止まった。 「何してるんです。はやく行きましょう」  はやる私を押しとどめ、 「ええ。でも、ひとつ回収しておかねばならないものがあるのです」  そう言って空を振り仰いだキウラさんは、何かを見つけるとホッと表情をほころばせた。 「どうやら、成功したようですね」  人差し指を虚空に伸ばしたかと思うと、それをゆっくりと私の目の前に移動させる。彼女の指先には何かがくっついていた。  それは虫だった。小っちゃくて丸っこくて、赤地に黒い水玉模様がついている。てんとう虫だ。 「幸福の象徴ですよ」  そしてバッグから取り出した小さな虫かごに、それを恭しく収めた。  そのてんとう虫が何をするのか。それを私が知るのはずっと後のことだ。

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