クールジャパン上等
クールジャパン上等(1)

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 大きな窓からは夏の陽射しが惜しみなく教室を照らしている。東向きのこの教室は、始業前のこの時間が一番明るい。光に満ちたこの空間にマリンちゃんがいてくれたら最高、と僕は二次元の推しキャラを思い浮かべる。  ――腐った世界を変えるのはアンタやで!  脳内でマリンちゃんの可憐な声が響き、今日も頑張るよマリンちゃん、と僕は胸の中で唱えた。  シビアな学生生活、誰にだって日々の支えが必要だ。僕にとってそれは深夜アニメの主人公であるマリンちゃんだった。 「たっきー、おはよう」  僕の名前をもじった呼び方をしながら、隣の席に座ったのはE島いいじま君だ。お喋り上手でノリがよい人気者のE島君は、僕に挨拶をした癖に視線はすでに別の場所にいき、他のクラスメイトと言葉を交わしている。昨日テレビで放送されていた映画の話題だ。有名な映画だが、いかにもリア充にウケそうな作風に食わず嫌いを起こした僕は、例え金を支払われようと観ようとは思わない。 「たっきー、リーディングの課題やった?」 「やったけれど……」 「俺、今日当てられそうなんだよね。見せてよ」  再び僕に顔を向けたE島君の表情には、笑っていながらも抗う事を許さない迫力が滲み出ているようで、僕はうなずく以外の方法を持たない。慌てて机の中からノートを取り出す。どんくさいなー、とE島君の隣で笑っているのは、運動部で活躍しているI田あいだ君だ。少々よれた大学ノートを差し出すと、E島君はサンキュ、と今度は毒のない表情で笑った。  狭い教室内、少しずつ人口密度が濃くなっていく。ここには、見えない線がいくつも引かれている。簡単に超える事は許されない、線の場所によっては言動や振舞いが制限される事もある。E島君やI田君のいる場所は、いわゆるヒエラルキーの頂点で、彼らは何をしても許される。教室内で大声で笑う事、制服を着崩す事、誰かにノートを借りる事。その代わり、彼らはクラスを平穏に導いている。ムードメーカーでもあり、積極性を持つ彼らのおかげで、クラスは面倒な揉め事を起こす事もなく、稼働していた。  引っ込み思案な僕は、何度も二人に助けられていた。二人に話しかけられると、怯えや焦りの中に安堵が広がり、ほっとする。  だけど、チクチクとした痛みが時々喉元を通り過ぎていくのは、なぜだろう。  鬱屈だらけの一日を終えて帰宅し、僕は自分だけのテリトリーに滑り込む。ただひとつの安全圏内。ただいま、と言う相手は、戸棚に立っているマリンちゃんだ。少々華美にも見える制服を着ているマリンちゃんは、今日も麗しい。  僕の腕の半分にも満たない大きさのフィギュアは、コツコツと溜めたお年玉で手に入れた。僕はマリンちゃんの紫色のツインテールを撫でる。リアリティのかけらもない髪の毛の感触が気持ちいい。  三次元なんてクソ喰らえだ。だけど悲しいかな、僕は三次元の世界で生きる男子高校生なのだった。

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