王の剣 ~最後の転生で君を星へ連れ帰る
 第4話 四人の宇宙人たち

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夏休みの補習授業が始まった。相変わらずミヒロの顔がチラチラと頭に浮かんで勉強に集中できなかった。遺跡見学という名のグループデートを一度きりで終わらせるのはもったいないと思っていたし、せめて次の約束を取り付けておけば、その安心感からもう少し勉強に集中できたはずだと後悔していた。補習授業が終わって一人机で悶々としていると、ヒロトが僕の席までやってきてスマホを取り出した。 「朗報がある。水曜日に補習が終わったあと四人で一緒に勉強会しようってメール来た」 「え、四人って、まさかミヒロちゃんたちと?」 二人について何ら無関心を装っていたかのように見えたヒロトだったが、驚くことに彼女らとこっそり連絡を取り合っていたのだ。 「おい、待てよ、どうしてヒロトにメッセージが?」 抜け駆けされたかと思い、ヒロトから慌てて事情を聞き出した。話によると遺跡見学をして解散した後、ヒロトのお父さんの仕事が終わらなかったせいで帰宅できなくなったヒロトは、ミヒロの黒塗りの車で自宅まで送ってもらったのだ。その際の車中で約束を取り付けたとのことで、あくまで偶然の出来事だったそうだ。それを聞いて安心した。 「車の中で聞いたんだけど、ヒメちゃんがすごい人で、未来が見えちゃうんだって」 「へー、すごいな。でも、そんな雰囲気あったよな」 「そしたら、ヒメちゃんがお礼に二人の未来も見てあげるってことになってさ。水曜日に図書館で勉強会がてらにって」 彼女ら二人の生まれ育ちがどれだけすごいか、ヒロトの話は続いた。 ヒメは正月になると全国からの参拝者で賑わう神島神宮の宮司の娘で、本名は海神豊姫。彼女は幼いころから災害や事件を事前に予知して周りの大人たちを驚かせたそうだ。そして今は親しい人や特別な人だけに無償で運命を見たり相談に乗ったりしており、その評判は政界や経済界にまで広がっているそうだ。 ミヒロは親が議員だという話は以前に聞いたが、議員は議員でも国会議員の大物だった。なんと、現在の外務大臣で時期総理候補にも名前の挙がる杉下茂氏の娘だったのだ。杉下氏は占いや験担ぎが好きで、噂を聞きつけてヒメに何度か未来を見てもらったそうだ。そしてヒメの未来鑑定のおかげもあって数々の政局を乗り越え、ついには時期総理候補にまで上り詰めたのだ。それが縁でミヒロとヒメは仲良くなったらしい。 「すごい二人だね、遠い世界の人たちだ……」 「オレも車の中でその話を聞いてビビっちゃってさ。あはは!」 両親が田舎カフェ経営の僕とはまったく縁のない世界だ。聞かなければよかったと少し暗い気持ちになった。 そして約束の水曜日がやってきた。夏休みの補習授業は自由参加だったが毎日休まずに出席した。家で一人で勉強していても鬱々として気が滅入ることもあったし、合間に少しでもクラスメイトと会話ができれば気も落ち着いたからだ。ただし、今回の勉強会は僕にとって明らかにミヒロが目的だったことは言うまでもなかった。 補習が終わるとヒロトと一緒に学校の隣の区立図書館まで歩いて向かった。図書館には自習室がいくつかあり、事前予約をするとセミナー室も借りることができた。今回は、勉強後に未来を見てもらうため、会話のできる個室のセミナー室を借りたのだ。 僕たちが先に図書館のセミナー室で待っていると、少し遅れてミヒロたちが現れた。セミナー室には正面にホワイトボード、中央に六人掛けのテーブルがあり、僕らは向かい合って座った。 「この前はありがとう」 ミヒロが僕に笑顔で話しかけた。僕は緊張していたため、まともに話すことができなかった。 「あ、うん……。こちらこそ……」 おどおどしながら参考書をカバンから取り出しながらも、チラチラとミヒロの様子を見ていた。すると、彼女がカバンから出した参考書にふと目が留まった。そこには『東京首都大学(文)過去問集』と書かれており、つい反射的に声が出た。 「あれっ? 志望校は首都大だったの?」 「うん、そうだよ、ヒロトくんに話したんだけど伝わってなかった?」 ヒロトがニヤニヤしながら頭をかいた。 「ごめん、伝えるの忘れた! オレたち四人とも同じ志望校なんだ。すごくない?」 「まじで? すごい偶然! こんなことってあるんだ!」 やはりこれは運命だ。ここまでの偶然の数々、そう滅多な確率で起こることではない。 その後、お互いにどんな参考書を使っているのか、勉強時間はどれくらいかなどの情報交換をして、二時間ほど有意義な自習時間が続いた。運命を感じた僕は自習をしながらも終始気持ちが浮ついて、気が付くと参考書の同じ個所を何度も意味なく繰り返し読んでいた。 その後、セミナー室の使用時間が残り三十分ほどになると、ヒメは参考書をカバンにしまい表情を緩めた。 「さあさあ、今日はこの前のお礼ってことで、二人の未来を見てあげるねー」 今日はミヒロと会えるというただそれだけが一番の目的で、ヒメの未来鑑定はあくまでもオマケに過ぎなかった。実は超能力の類はあまり興味がなかったし、先日ヒメの能力を目の当たりにして少しだけ信じるようになっていたが、あまり期待していなかった。 ヒメは数秒ほど目を閉じたあと、なぜか僕とヒロトの左上辺りを見ながら話しだした。あとで聞いた話だが、人間の右上または左上には守護霊がいて本人について色々なことを教えてくれるそうだ。 「ダイスケくんもヒロトくんも優秀だなあ、受験は心配しなくていいかもしれないよ。首都大学に合格する様子が見えたよ」 「おーっ!」 僕とヒロトは思わず歓声を上げてしまった。ミヒロはヒメの隣で軽く手をたたいていた。 「でもこれは現時点で見える未来。油断してサボり過ぎると運命は変わるからね。うーんと、でも、大丈夫かな、二人とも自律できてるからサボるようなことはないね。とくにダイスケくんは超が付くほど努力家だから、余裕で受かっちゃう。でも、超が付くほど心配性だから必要以上に頑張って勉強するイメージが浮かぶ。うふふ」 「いやあ、余裕なんてことはないよ。必死だよ」 しかし先日一度会っただけで僕の性格まで見抜いてしまうなんて大したものだ。僕が心配症だということをこの四人の中で知っているのはヒロトのみで、ヒロトが話さなければヒメが知るわけがなかった。 「ヒロトくんは歴史の研究者になって大学にずっと残ると思う。もしかしたら卒業後に海外の大学院に行くかもしれない」 「エジプトかなあ、どこだろう? まじで海外留学も少し気になっていたんだ、よくわかったね」 未来は確定しているとは思えなかった。運命などというものも存在しないと思っていた。実際に僕はつい最近まで進路指導の先生にそそのかされて難関の医学部を目指そうと本気で思っていた。でも現時点では、ヒロトのアドバイスのおかげで未来は修正された。つまり未来はほんのちょっとしたきっかけでガラッと変わってしまうものであり、それを考えると未来予知というのは、どれだけの価値があるのだろうかと疑問だったのだ。 「ダイスケくんは……、そうだなあ、基本的にいつも悩んでる人だね……。大学を出て大きな企業に就職するんだけど、やっぱり職場でも悩みが多いってイメージが見える。頑張りすぎちゃうからね……。今のままでいいんだよって言ってくれる人を早く見つけた方がいいかもね」 確かにあれこれと余計なことばかり心配してしまう自分にとって、良きアドバイザーが必要だという助言は妥当だ。今でいえばヒロトがその存在なのだろう。しかし、『今のままでいいんだよ』などと包み込むように声をかけてくれる人となればそれは恋人だろう。恋人はいつ現れるのだろうか、そして僕はいつごろに結婚するのだろうか、そしてそれは誰なのだろうか。まさか、ミヒロだろうか。当然それをここでヒメに聞く勇気はなかった。 「さあ、こんな感じでどうかな? 他に知りたいことなければ終わるねー」 しかし、ここで終わらせてなるものかと、時間が迫り焦る中、僕はとっさに次の約束を取り付ける妙案を思いついた。 「あのさ、みんな同じ志望校なんだし、これからも定期的に情報交換しない? 模擬試験も近いし、一人で一喜一憂しないでみんなで励ましあったりしない? 来週も図書館で勉強会するってのはどう? 」 心臓がバクバクと鳴っていた。僕が問いかけた後、長い沈黙が続き、まるで時間が止まったかのように錯覚した。 「うん、そうしよう! 毎週水曜日に集まろうか」 その声はミヒロだった。 僕は心の中でガッツポーズを取った。彼女たちと初めてあった日のように帰りの電車では終始ソワソワ、ニヤニヤしながら帰宅した。久しぶりに物事がうまく回っている気がした。振り返ればヒロトが僕にアドバイスをくれて、志望校を変えたおかげだ。よきアドバイザーに感謝。 ◇ あれから数日過ぎ、受験勉強は大いにはかどっていた。現時点の成績ならば首都大への合格は間違いなかった。そして、大学に入りさえすればミヒロとの楽しいキャンパスライフが待っているのだ。もちろん自分勝手な妄想だが、かつてここまで大きなモチベーションが僕の人生に存在したことはなかった。 次回の勉強会を目標に僕の集中力はいまだかつてないほど高まっていた。しかし、発達しながら関東地方に近づいてきた台風により、楽しみにしていた勉強会は中止になりそうだった。 夜になりベッドに入りながら雨をうらやんだ。 「あーあ、勉強会中止だねってみんなにメッセージ送らなきゃ……」 ミヒロと会える楽しみを自然現象につぶされてしまう無力さを感じたと同時に、ふいに雪女のセリフを思い出した。彼女の言う『最終列車』とはつまり、地震や台風などの天変地異で世界が滅びてしまうような大破局を意味するのではないだろうか。 「未来を見てもらった時、どうして雪女のことを聞いておかなかったんだろう。あの奇妙な夢の話を……」 不思議な世界に詳しいヒメなら、なにかしら答えをくれるかもしれないと今になって気が付いた僕は、ちょっとした悩み相談のテイストでヒメに聞いてみようとグループチャットにメッセージを投げた。 『こんばんは、みんな受験勉強はかどってる? 明後日の勉強会は残念だけど台風で中止だね。 ところでヒメちゃんに相談!  最近何度も変な夢を見て寝不足なんだよね。 霊でも憑いてるのかな?  なーんて、時間があったら返事ください!』 夜遅かったせいで、しばらく待っても誰からも返信がなかった。僕はベッドで寝ころびながらスマホを手に気長に返信を待つことにした。そして時刻は十一時を回り、ウトウトしかけた時にメッセージの着信音が鳴った。ヒメからの返信だった。 『その夢、霊の仕業かも』 寝床に入って真っ暗な部屋で、怖い返信をヒメからもらった僕は、ベッドから急いで飛び起きて部屋の電気とラジオをつけた。 『どうしよう? オレ呪われてるってこと?』 焦って返信すると、すぐにヒメから返事が来た。 『書こうか迷ったけど、たぶん、あの時の剣がその怖い夢を見せてるみたい えーと、ごめん……いいにくいけど……あの剣は掘り出したらダメだったかもしれない ほんとにゴメン! じゃあね!』 (じゃあねって、おい! ) 背中にゾクゾクっと悪寒が走った。僕は怖い話が大の苦手なのだ。 (やっぱり呪われた! ) 取り返しのつかないことをしてしまった。すべての幸せな未来が消えていく予感がした。もちろん、あの時の流れでは掘り出さざるを得なかったが、でも、その責任の一端は彼女たちにだってあるはずだ。自分一人が呪われるなんて、それはあまりにも理不尽ではないだろうか。夜中だったが僕はヒメにしつこく確認した。 『埋め戻したらいい?』 『掘り出した時点で運命が変わったみたい』 『運命が変わった? やっぱり呪われたってこと?』 『わからない。でも雑に扱わないほうが良いって感じがする』 『大切にしないと呪われるってこと?』 『うーん、わかんないけど、大切にしたほうがいいのは間違いない』 ヒメは決して呪いだと断定しなかったが、遠回しな言い方から察するに呪われてしまったことは明らかだ。僕は急いで玄関に向かい、サンダルを履いて外に出て、家の裏手の防空壕跡までダッシュで走った。心の中で『すみません、許してください』と何度唱えただろうか、土の台座の上に放置した剣を手に取って家の中へ持ちこんだ。ドタドタと突然夜中に走り出した僕に、寝ていた母が心配そうに言った。 「どうしたの夜中に? 何かあったの?」 母の問いかけを無視して店の厨房の流し台に剣を持ち込んで、温水と台所用洗剤で綺麗に泥を落としたらピカピカになった。足音を立てずに部屋に持っていき、剣を手にとって改めて眺めた。古代のものとは思えないほど傷もなければ凹みもなかった。ヒロトのお父さんの言う通り、精密な金型で大量生産された工業製品そのものだった。 とりあえず今日は剣に許しを請うため、剣を大事に抱え、謝りながら寝ることにした。客観的に見ればバカバカしいと思ったが、万が一呪いなどという得体のしれないモノが実在し、何らかの不運が舞い込んだら損するのは自分だ。 ◇ 剣と添い寝して眠りにつくと、またあの時の感覚が襲ってきた。雪女の感覚だ。しかし不思議なことに雪女がいなかった。 僕は夢の中で宇宙船に乗って旅をする一行を見守っていた。まるでSF映画を見るかのようだった。四人の宇宙人が宇宙船に乗っていたが、外見は人間に似ていた。宇宙船には司令官のような男がいて、隣にはその補佐役の女がいた。 彼らの宇宙船が地球の近くまでやってくると司令官の男が言った。 「この地球という星には可能性を感じる」 司令官の男の名はサノロスで、女の名はマテラスといった。他の二名は専門分野を持った研究者のようだ。不思議なことに僕は彼ら四人のことが手に取るように理解できた。誰から教えられるわけでもなく、夢の中の情報が頭に自動的に入ってくるのだ。 例えばサノロスたちがどこから来たのか焦点を合わせると、彼らはとてつもなく遠くの星からやってきたことがわかった。しかも彼らの星には住人がたったの四人しかいなかった。つまり宇宙船に乗った彼らのみだ。彼らには寿命がなく永遠に生き通しのため生殖により種を増やす必要がなかった。そのため星の住人が四人を超えることはなかった。 サノロスとマテラスたち四人が宇宙船で旅に出たのは理由があった。住んでいた自分たちの星が彗星の影響で洪水期に入り、一万年ほど住めなくなってしまうことが発覚したのだ。彼らにとって一万年はさほど長い時間ではなかったが、その間だけ一時的に移住する星を探していた。 遠いところからよく来たものだと感心していると、司令官サノロスが補佐役のマテラスに支持を出した。 「このあたりで地球の管理者とコンタクトを取ろう」 宇宙船は月の裏辺りの中空で静止した。補佐役のマテラスはテレパシーを通じて地球の管理者と話をはじめた。宇宙の人々のコミュニケーションはすべてテレパシーで行われるようだ。 地球の管理者が宇宙船上のマテラスの呼びかけに応答した。 「ようこそ地球へ、長旅お疲れのことでしょう。現在は、リセット後の閑散期ですから、とても良い条件で人間への転生が可能ですよ」 青い地球を背景に地球管理者はとてもフレンドリーで、まるで営業マンのような口調だった。 すると突然、雪女の冷ややかな声が僕の頭に直接語り掛けた。 「地球の管理者の仕事は人間への転生を宇宙人達にすすめる事。あなたの世界の言葉で言えば地球の営業マンと言っても良いでしょう」 雪女が現れると同時にいつもの苛立ちの感覚が湧いてきた。が、ここは冷静に努めて話を聞くことにした。しかし、雪女の言っていることの意味はよく分からなかった。 「彼らは、地球の営業マンに地球へ来いよって勧誘されたってこと?」 「そう解釈してもよいでしょう」 すると補佐役のマテラスは地球の管理者にテレパシーで尋ねた。 「人間に生まれ変わるつもりはないのです。地表にシェルターを構築したいだけです。」 「申し訳ございません、直接地表に降りることは地球ルールでは禁止されております。人間になっていただく必要がございます」 地球の営業マンは即答したが、マテラスは混乱していた。 「我々は人間になる必要はないのです。それに人間になる方法もわからないのです」 「ご契約いただければ私どもが誘導しますよ。宇宙船を月の軌道上に滞在させエントリーするだけ。簡単なことです」 なぜここまでして地球の営業マンは彼らを人間にさせたいのだろうか。疑問に思っていると、雪女が答えた。 「地球はあなたの世界でいえば図書館のような場所です。地球外生命体を地球の人間として転生させることで、地球は彼らの人生を蔵書として蓄積します。蔵書を増やせば増やすほど、地球は宇宙における価値を高めることができるのです」 地球が人間の人生の図書館だなんて初めて聞いた話だ。それに宇宙の人たちも、わざわざ遠くの星から地球にやってきて、人間みたいな下等な生き物になって何が楽しいのだろうか。 「人間として生きることは宇宙人たちにとって魅力的なのです。地球に住む人間のルーツをたどると、その多くが地球外からやってきた宇宙人なのです」 しかし、サノロスたちの目的はシンプルだった。宇宙船を地球に着陸させて、宇宙船と肉体を一万年ほど維持補修するための材料を地表から収集するだけだった。わざわざ地球の人間として転生する理由などまったく見当たらなかったのだ。 マテラスは地球管理者に言った。 「一万年の間、我々の肉体を修復する有機物と、宇宙船の劣化を補修をするための鉱物が必要なだけです。それに、人間として転生している間、我々の肉体と宇宙船が維持できなくなるのは困るのです」 すると、地球の営業マンが含みのある笑顔を浮かべた。 「これならどうでしょう。宇宙船を衛星軌道上に待機させている間、私たちが宇宙船を安全に維持いたします。もちろん、宇宙船に置いていった肉体も我々の生命維持システムが自動メンテナンスいたします。すべて無償ですよ」 テレパシーで地球管理者から交換条件を提示されたマテラスが、司令官サノロスに最終意思決定を促した。 「どうしますか? 他の星を探しますか?」 しかしサノロスは最初に下した自らの判断を曲げなかった。 「宇宙船と肉体の維持が可能なのであれば地球に滞在しよう。予期せぬ成果物が地球で手に入る可能性を感知している。リスク計測のため、まず私だけ意識を切り離し人間となって地球へ降りよう」 「わかりました。地球の管理者に契約の意志を伝えます」 サノロスの言う意識を切り離し人間となるとは、どのような技なのだろうか。僕が疑問を抱くと、再び雪女の解説が始まった。 「生まれたばかりの原初の宇宙では、すべての知的生命体は、ただ意識のみの存在でした。もともと肉体という概念は存在しなかったのです。ある時、ヒューマノイドタイプの物質的肉体が宇宙のとある星で発明され、次第に肉体を意識体の道具として利用する手法が、宇宙で爆発的に広がり普及したのです」 雪女の言ってることがよく理解できなかったが、恐らく肉体は『着ぐるみ』のようなものなのだ。サノロスとマテラス、そしてその仲間たちは、自由に着ぐるみを着たり脱いだりすることができるのだ。今回は自分たちの持っていた着ぐるみをまず脱いで、地球特製の『人間』という着ぐるみを着て、地球に転生するということなのだろう。 「その通りです。意識が本体であり、肉体は道具にすぎません」 サノロスたちは、地球人としての人生を蔵書として地球図書館に提供し、肉体と宇宙船の維持コストと交換するのだ。これは交渉としては悪くないように思えた。でも、まだ疑問が残る。雪女の話によれば、地球人として生きることは宇宙人たちに魅力的だというが、僕には人間が魅力的だとは到底思えないのだ。 「宇宙の知的生命体には、肉体を持たない存在たちも大勢います。そのような生命体は死や寿命という概念がなく、生き延びなければならないという肉体特有の本能さえありません。また、不死身ゆえ永遠の時間を生きており時間の概念さえも理解しません。そのような存在にとって、儚い人間の制限された時空間世界を味わうことは非常に魅力的に映るのです」 きっとテーマパークに遊びに来るような感覚なのだろう。しかし、彼らにとっては魅力的かもしれないが、僕の子供時代のように時に泳げないのに泳がされたり、今の僕のように受験勉強を強いられたりすることもあるだろう。それに地球には犯罪だってあるし、戦争にだって巻き込まれるリスクもある。やはり人間など魅力的だとは思えないのだ。 「地球の利用方法は、来訪者の自由です。物質的時空間という性質が必然的に生み出す二元性をどう感じるかも自由なのです」 雪女の話を全て理解するには時間がかかりそうだった。そもそも雪女は何者なのだろうか。 「ところで、あなたは誰ですか? なぜ、このようなSF映画をオレに見せるんですか? 剣、そう、思い出した! 家の裏から王様の剣を掘り出したせいなのですか?」 「私が誰なのか伝えても、あなたには受け入れることはできないでしょう」 雪女は答えなかった。ひょっとして雪女は地球の営業マンなのだろうか。 「私は地球の営業マンでも管理者でもありません」 雪女のはっきりとしない回答に、再び雪女への怒りの感覚がよみがえった。雪女と話をしていても意味がないし時間の無駄だ。今と同じ感覚を遥か昔に味わった記憶があった。 「宇宙空間において、あなた方の言うところの時間は存在しません。つまり無駄というものはありません」 雪女の屁理屈に苛立って興奮した僕は、またしても夢から覚めてしまった。怖い夢を見て目覚めた直後のように、心臓の鼓動が速くなっていた。周囲は静かな暗闇だった。僕は枕元のスマホを取り出して時間を確認すると、深夜一時前だった。宇宙の長旅から帰ってきたつもりが、僅か一時間足らずの出来事だった。

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