だから太陽は嫌いなんだ。知らなくてもよい事実まで見せようとする。 残酷で眩しくて、容赦がない。 それから三日間、外に出なかった。 携帯の呼び出し音も徹底的に無視した。目の前に薫が現われそうで怖かったからだ。 薫は女だった。セーラー服の似合う年下の女子高生だった。 騙されていた? 混乱した。陽の光を浴びたせいで、薫が女に変わってしまったような気さえした。 月の下で微笑む薫はもういない。夜の薫は昼の薫に殺されて元始に戻ってしまったのだ。 夜と朝の境界線を跨ぐ頃に、お腹が鳴った。人間、どんな時でもハラは減るものらしい。 今の僕の気持ちを癒やすことができるのは、優しい白米くらいかもしれない。 だって、どうしようもないくらい日本人なんだ。 冷蔵庫を開けると、中にはミネラルウォーターと賞味期限が切れた玉子が一個あるだけだった。 ホットケーキミックスの空箱が虚しく床に転がっている。 今日は外へ出なければならないだろう。サボれない講義もある。 僕は吐きたてのタメ息を口にしながら、ジャケットに袖を通して部屋を出た。心なし、空気が冷たい。やはり今は春ではなかった。 講義の内容は目と耳に入ったそばから頭に入らず零れ落ちて、おかげで講義室の床は吸収しきれなかった僕の無駄な知識で溢れかえった。掃除をする人は、さぞ大変な思いをすることだろう。 「鈴太郎!」 無駄な時間を過ごした帰り道に、背後から声を掛けられた。 「誰ですか貴女は?」 「薫だよ。知ってるだろ」 セーラー服の気配がする。下校の帰り道に偶然重なってしまったのか。あるいは待ち伏せをされていたのかもしれない。 「僕の知っている薫は、そんな子供じゃなかった」 「私は何も変わってない。鈴太郎は着ているもので人を判断するのかよ」 「初めて会ったときに、君は未成年じゃないと僕に言ったじゃないか!」 だから僕はその言葉を信じて安心できたのに。今は女性に変わってしまった彼の顔をマトモに見ることすら出来ない。 「それは、嘘をついたのは謝るよ。でも、未成年だとダメなのか? たった二つの歳の差でしかないのに」 「世間的に君の年頃の二年間は大きいんだよ。これ以上、僕を困らせないでくれ」 僕は努めて冷静を装った。そうやって自身の心を守るしか術を知らない。臆病な子供だからだ。 「キスしたくせに」 ああ、何ということだ。僕は女子高生にキスをしてしまったのだ。愛を語らって、彼女の焼いた薄いパンケーキまで食べた。 「キスしたくせに! キスしたくせに!」 「大声で叫ぶなよ。そして後を付いて来るな」 最早、僕らは衆人環視の注目の的だ。 「僕はゲイだ。君が女性だと知っていたら付き合わなかった」 「でも付き合えた。その間、私に一度でも欲情しなかったって胸を張って言えるのかよ?」 公衆の面前でなんということを口にするのだろう。最近の女子高生というのは恥も外聞も気にしないのか。 「もし一度でも劣情を持ったのなら、鈴太郎はゲイなんかじゃないぜ」 「なんかって言うのは止せよ。失礼だろう」 「鈴太郎はゲイの振りをして女性から逃げているだけだ。そっちのほうが失礼じゃないか」 僕は逃げ出した。とても耐えられない。 後ろで薫の怒鳴り声が聞こえる。バカヤローまでは聞き取れたけど、あとは訳の分からない呪文のような理解不能に変わった。 きっと、呪いの言葉に違いない。 やっとの思いでアパートに帰ると、毛布を頭から被った。 薫の幻影を追い出そうと、イヤホンで狂ったように音楽を聴いた。何を聴いたのかまでは覚えていない。 空腹で目が覚める。いつの間にか眠ってしまったらしい。 冷蔵庫の唸り声を聞いて、買い物を忘れていたことに気がつく。 お腹が減っていた。そういえばここ二、三日、ろくなものを口にしていない。 ノロノロと重い体を引き摺って深夜のコンビニへ向かう。 月が出ていた。蒼い光が僕を責めているような気がして、足は自然と速まった。 角を曲がった街灯の辺りで、人影を見つけて立ち止まる。 「薫?」 切れかけた電灯の明滅の下で、薫は男になったり女になったり、性別を忙しく交換しながら立っていた。 彼女は鞄から銃を取り出すと僕に向けて構える。そして、その怖いくらいに美しい表情で引き金に指をかけた。 「バン!」 瞬間、様々な思いが僕の中を駆け抜けていく。何だかくだらない思い出ばかりじゃないか。 「モデルガンだよ」 死ぬかと思った。
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