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休み時間をぜんぶ費やして、校内を歩き回った。 知らない先生でも、ベテランっぽかったらとりあえず話しかけた。 けど、誰も、桃弥の名前にピンとくる人はいなかった。 とぼとぼと、静かな廊下を一人で歩く。 昼休み、華井さんと一緒に食べるのを断ってまで探しているのに……。 重い溜息を吐き、俯いてしまう。 すると、何やら鋭い視線を感じた。 前を見ると、少し先に狩南さんが立っていた。 「ねぇ」 こちらを睨みながら、ずんずんと近付いてくる。 「は、はい……」 前髪なしで見る狩南さんは、より迫力がある。けど、私はなんとか目を逸らさずに耐えた。 「一人で食べるのに、良い場所知らない?」 そう言って、私の顔の前に、片手で弁当箱を提げて見せる。 「一人で、ですか」 「そう」 私は少し迷ってから答える。 「教室じゃ、駄目なんですか?」 「……もういいわ」 狩南さんは、冷めた声で呟き、通り過ぎて行った。 その背中を見て、思い出す。 一昨日。私と華井さんが仲直りした日の放課後、狩南さんは、教室で友達に問い詰められていた。「狩南、西田に告って振られたから華井に嫌がらせしてたってホント?」「てか何で貞子まで巻き込んでたの?」面白がって聞く友達に、狩南さんは、冷たく言い放った。 「もういいわ。なんか、あんたらと居てもつまんないし」 素っ気ない態度で帰っていくと、すぐに狩南さんの悪口大会が始まっていた。 どうして、あんなことを言ったんだろう? 疑問に思いつつも、まぁ私が気にすることでもないか、と歩き出そうとした瞬間、狩南さんが足を止める。 「……あんたってさ、ほんと雑草みたいよね」 「へ?」 よく分からないことを言われ、呆けた声を出してしまう。 狩南さんは、ゆっくりとこちらを振り返った。 「踏みつけても踏みつけても、萎れないから。……つい最近まで、そこら辺の地面にも生えてなかった癖にさ。急に、分厚いコンクリートから顔出してきて……本当に、ウザイ」 最後の方は、何だか弱々しい声になっていた。 ……。雑草、か。 私は、少し間を空けてから、静かに口を開く。 「けっこう、萎れてましたよ」 狩南さんの目を真っ直ぐに見る。 「分厚いコンクリートから、顔を出せたのも……萎れて、萎れて、それでも上を向いて生えることが出来たのも、全部――心から大切な人が、いたからです」 桃弥の笑顔を思い出し、頬が上がった。 「その人がいなかったら、私は……一生、陽の光を浴びることはなかったと、自信持って言えます」 狩南さんは、怪訝そうに眉を顰めた。 「え、何。うちのクラスの人?」 「いや……あの、お、幼なじみ、です」 「幼なじみ?」 「は、はい……」 他に何か聞かれるかと思ったけど、狩南さんは「ふうん」とだけ言い、目を逸らした。 それから、大きく長い溜息を吐く。 「……私、華井だけじゃなくて、あんたにも恋愛で負けてるのね」 低い声で呟き、自嘲した。 「いや、友情も負けてるか」 俯き加減の姿勢になる狩南さん。 凄く、萎れている……。 何だか、西田くんに振られた時以上に落ち込んでいるように見えた。 「良かったら、話聞きますけど」 「うるさいのよ」 「あ、はい。すみません……」 強い口調に気圧され、つい謝ってしまった。 もう、話は終わったのかな……。去って行こうとした時、また、狩南さんに呼び止められる。 「ねぇ」 狩南さんは、こちらを見ようとしなかった。 「どうしたら……あんた達みたいになれる?」 私は、数秒間も固まってしまった。 「……私達……?」 聞き返すと、キッと睨みつけられる。けど、全然、怖くなかった。 「もういいわ」 吐き捨てるように言い、狩南さんは今度こそ去って行く。 どういう、意味だろう……? 歩き出し、考えてみる。 華井さんじゃなくて、華井さんと私みたいになりたい……? 思わず唸る。 やがて、ピンときた。 狩南さんは……もしかして、誰かの特別になりたかったんじゃないだろうか。 人なんて結局みんな表面的なところしか見てないし、ちょっとした切っ掛けで離れていくもの。以前、そう言い切っていた。 けど、本当は、ただ諦めているだけで。 好きな人が華井さんを見ているのも、華井さんについての嘘の噂に惑わされない私も、私の為に一緒に苛められる、とまで言った華井さんも、その関係が全部――理想的だった。 「どうしたらなれる、か……」 暫く考えてみるけど、なかなか答えは見つからなかった。 色々と思い悩んでいるのは私だけじゃないんだなぁ、と変に安心してしまう。 そのうち、私はまた桃弥について考え始めていた。 放課後。華井さんに一緒に帰ろうと言われたのも断って、数学の先生を探し回っていた。桃弥は数学の先生を知っているみたいだったから、先生も覚えているといいんだけど……。 夏休みまでに数学の授業はもうない。休み時間に、何回か職員室や数学科の教室に行ったけど、運悪くすれ違いになって会えなかった。 もう一度職員室に行ってから居ないのを確認し、数学科の教室に向かう。 すると、私の探していた先生は、ちょうど教室に入るところだった。 「あの、先生……っ」 日当たりの悪い廊下に、私の足音だけが響く。 「なんだ。質問があるなら授業中にしろって言ってるだろ」 「いや、違うんです」 先生は、無言でこちらを見つめていた。心底面倒くさそうな顔をしている。やっぱり、この先生は苦手だな……と思いつつ、私はゆっくりと口を開いた。 「仙二桃弥という生徒を、知っていますか?」 聞くと、先生は目を大きく丸くし、身体を固めた。 「仙二って……」 「五、六年前にこの学校にいた人です」 先生はあからさまに気まずそうな顔をした。 あぁ、良かった。この人は覚えているんだ。 「大丈夫です。亡くなっているのも、知っています」 言うと、先生は思いっきり眉間に皺を寄せる。何が聞きたいんだ、と顔に書いてあった。 私は、深く頭を下げる。 「お願いします……っ、どこに住んでいたとか、うろ覚えでもいいので、教えて欲しいんです」 先生の後ずさる足音がした。 「どうして、そんなことを……」咳払いをし、「悪いが、何も知らん」ピシャリ、と扉を閉められてしまう。呼び止める暇もなかった。 途方に暮れ、その場に立ち尽くす。 もう、諦めた方がいいのかな。 そう思い、踵を返した途端、私は足を止めた。 狩南さんが、立っていたから。 「もう亡くなっているって、どういうこと?」 狩南さんは、腕を組み、静かにこちらを見つめていた。 「……どうして、ここに……」 「別に。ホームルーム終わったあと一人で教室出てったから、ちょっと、話でも聞いてもらおうかと思っただけよ」 それで、ついてきていたの……? もっと早く声を掛けてくれれば良かったのに。 「凄い必死になって誰か探してるようだったからさ、邪魔しちゃ悪いってタイミング窺ってたのよ。盗み聞きする気なんてなかったからね」 狩南さんが私に気を遣っていたんだ、という衝撃的な事実に呆然としていると、「それより」と強い口調で睨まれる。 「せんじももや? って人、あんたが言ってた、心から大切な人のことよね?」 「…………そう、ですけど」 「最近会った人じゃないの? あんたが変わったのって、最近でしょ?」 俯き、胃の辺りを手で押さえる。 どうしよう。こんなの、どう、説明したらいいの……? 幽霊だなんて、言っても……。 眉を顰めて考えていると、バタバタバタ、と勢いよく走る音がこちらに近付いてくる。 「ちょっと~~!!!」 顔を上げて見ると、華井さんが、凄い形相で鞄を掲げて来ていた。 「なに苛めてんのよぉ!! ほら、シッシぃ!!」 私の前に立ち、狩南さんの方に鞄をブンブンと縦に振る華井さん。 狩南さんは後退りながらも、思い切りガンを飛ばしていた。 「は? 何。苛めてないんだけど」 「嘘吐くなぁ~!! くるみん困ってるじゃん~!!」 華井さんは、ぎゅうっと私を横から抱き締める。少し、手が震えていた。 「あの、華井さん……どうして」 「くるみん、今日は何だか休み時間とか昼休みもどっかに行ってたしぃ、放課後も一人で帰るっていうから、心配して来てみたのよ~。そしたらこれよ! もぉ!!」 ぷくぅ、と頬を膨らませ、狩南さんを睨みつける華井さん。けど、上目遣いをしているようにしか見えなくて、全然怖くなかった。 「いや、今は、苛められてないです……」 「ええっ。本当~?」 「今は、って言うの止めてくんない? もう苛めてないし」 「……あ、そうですね。すみません」 目を逸らし、謝ってしまう。 「んん~? じゃあ何でぇ、二人一緒にいたの?」 華井さんは私と狩南さんを交互に見る。 私は、口を噤んでしまった。狩南さんも、何も言わなかった。その様子を見て、華井さんは余計に困った表情になっていく。 ……もう、正直に言ってしまった方がいいかな。華井さんにも、心配させてしまったし……。 私は、重い口を開いた。 「実は……」 大まかに、事の経緯を話した。 幽霊、という単語を出すと、二人ともあからさまに動揺していた。 それはそうだ。変な人だ、って思われても仕方がない。けど、話し出すと、止まらなくて。桃弥がいなくなったところまで話した時には、涙が一筋流れていた。 華井さんは、ゆっくりと背中を摩ってくれていた。 胸のなかに立ち込めていた霧が、一気に晴れていくようだった。 本当は、こうして、誰かに打ち明けたかったのかも知れない。 どうしようもない人だと思う。 話し終えると、二人とも、暫く何も言わなかった。 時間が止まったように、しんとしていた。 「……困りますよね。いきなり、こんな話されても……」 言うと、華井さんは更に私を抱き締める力を強くした。華井さんは俯いていて、表情はよく見えない。けど、身体の芯から温まっていって、華井さんの思いが伝わってくるようだった。 「私はぜんぶ信じるよぉ、友達だもん」 目頭が、熱くなる。 「……信じて、くれるんですか?」 「うん! 今朝、桃弥くんのことを話していた時もぉ、すっごい楽しそうだったもん。私も好きな人いるからぁ、なんとなく嘘じゃないって分かるよ~」 「華井さん……」 すると、狩南さんが短く言った。 「私も信じるけど」 私と華井さんは、同時に狩南さんを見る。 信じられないくらい、柔らかい表情をしていた。 「あんたは、私と違って嘘吐かないでしょ」 こうして、三人で桃弥のお墓を探すことになった。 華井さんと狩南さんは、早速スマホで知り合いの上級生に連絡を取ってくれる。その上級生の先輩に桃弥のことを知っているか聞いて貰う、というやり方で情報収集をすることにしたのだ。 「ん~でもこれだと時間かかっちゃうねぇ」 華井さんが、スマホで文字を打ちながら溜息を吐く。 「いや、全然、大丈夫です! ありがとうございます」 頭を下げていると、少し離れたところで電話している狩南さんが戻って来た。 「てか、思ったんだけどさ。うちらで探しに行けば良くない?」 「えっ……」 「探すってぇ?」 「この辺りの墓地に片っ端から行けば、見つかるでしょ。うちの高校の近くに住んでいた可能性の方が高いし。なかったらまぁ、そん時で」 私は慌てて両手を顔の前で振った。 「いやいや、そこまでして貰うのは流石に……」 「何。じゃあ、諦めんの?」 思わず口を噤んでしまう。すると、ぷっ、と華井さんが吹き出した。 「どうしたのぉ、狩南。キャラ変~?」 おちょくるように言う華井さんに、狩南さんは深く眉間に皺を寄せると、目を逸らす。 「別に……」 それから、蚊の鳴くような声で言った。 「悪かったわよ。今まで」 私と華井さんは、目を合わせる。 あはははっ、と同時に声が上がった。 「人って変わるもんねぇ~」 そして、夏休みが始まる。 私達は、毎日のように青空の下を自転車を漕いで探し回った。私は自転車を持っていなかったから、華井さんと狩南さんの後ろに交互に乗せてもらっていた。罪悪感はあったけど、そのうち、楽しさが上回った。 眩し過ぎるくらいの太陽の光が、いつでも私達を照らしていた。 何度も何度も、同じ道を行ったり来たりする。 坂道を上り、下って砂利道を進み、いつの間にか道が逸れていて、引き返す。目的地に着いても、探していたものはない。そんなことを繰り返していた。 そのうち、自転車の荷台に乗せてもらうばかりでは申し訳ないと、走って着いていく。 けど、足元に転がっていた石で派手に転んでしまい、膝が擦りむけてしまう。本当に情けなくなるも、華井さんの手を取って立ち上がり、近くの公園に行って水道で洗ってから、狩南さんに貰った絆創膏を傷口に当てる。すぐに血が滲んできていた。 もう諦めようかという雰囲気が漂う。 三人の汗が、地面を濡らしていた。 私が止めようと言えばそれでいいような気がした。 けれど、その時。私は桃弥の言葉を思い出していた。縋るように、彼の柔らかな笑顔を、声色を、脳内で再現していた。 ――胡桃は、ちょっと勇気を出せば何でも出来るんだから。 ――俺の人生全部、胡桃に出逢えたことで救われたよ。胡桃は、神様からの最高のプレゼントだね。 すると、ふっ、と全身が軽くなり、負の感情が見事に吹き飛んでいく。 身体の底から、無限に力が湧いてくるようだった。 思わず笑みを零す。 私は、この先、ずっとこうして生きていくんだと思った。 どんなに打ちのめされても、限界が訪れても、桃弥の言葉を思い出し、前を向く。そうして何とか一歩を踏み出して、生きていくのだと。 頭を下げてまだ探したいと言うと、二人とも笑って背中や肩を叩いてくれた。 数日後、狩南さんが連絡を取ってくれた先輩から折り返しがきて、桃弥のお葬式に出たことのある人が見つかったとのことだった。その人は、直後にお墓参りに行ったことがあって、大体の場所を聞くことが出来た。 そしてついに―― 「あった!!!!」 桃弥のお墓を、見つけた。 仙二桃弥、と名前がしっかりと刻まれていた。 他のお墓と比べると一回り小さく、誰も手入れしていないようだった。雑草が好き放題生えていて、泥がこびりついている。酷い有様だった。 私達はすぐ近くにあった大型スーパーに行き、バケツや雑巾などの掃除道具、ロウソク、ライター、花を割り勘して買った。 みんなでお墓を綺麗にし、ロウソクを立てる。 相変わらず、太陽が燦々と降り注いでいた。 私は、沢山の向日葵を花瓶に差す。 これが、あなたに一番似合う花だと思ったんだ。 華井さんと狩南さんは、待ってるから、と少し離れたところに行き、私を一人にしてくれた。 光を反射して輝くお墓の前に座り、静かに手を合わせる。 桃弥。 私、今、凄く幸せだよ。 あなたに貰った温かさを、一生忘れません。 今、私の周りには、私を思ってくれる人達が確かにいます。 その人達がずっと笑顔でいれるよう、精一杯、胸を張って生きていきます。 あなたに貰った勇気で、それだけは、諦めません。 ふっ、と頬を緩め、仙二桃弥、と刻まれた名前を見る。 汗ばんだ両手で、前髪をかき上げた。 「愛してます」 それだけ言うと、私は、笑顔で待ってくれている二人の元へ駆け寄っていった。 了

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