図書室の井口先生
図書室の井口先生-6

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 まだ授業中だからなのか、下駄箱まで向かう途中の廊下はとても静かだった。 (もしこんなところを他のクラスの人たちに見られたらどうしよう) そう思うと、少し怖かったけれど、でもその半面、勉強しなくてもいいんだって思ったら、何だか楽しい気分にもなってきた。  下駄箱で靴をはき替えて外に出ると、初夏の太陽の暖かさに交じって、とても香ばしい風が吹いてきた。唯はその風を、鼻から大きく吸い込んだ。 それは何だかとても良い匂いがした。何の香なのかは分からないけれど、普段のこの時間にはかぐことのできないような、特別な匂いだった。 「なあ?気持ちええやろ?」 唯が息を吐き終えたのを見計らって、井口先生が言った。 「はい」 唯は大きく頷きながら答えた。  井口先生は、グラウンドの方へと歩き出した。唯もそれに続いた。 「おっ、なあ、これ見てみい」 グラウンドと後者の間の花壇の前で、井口先生は立ち止まった。  唯もその横に並ぶと、井口先生が見つめる視線の先を追う。  そこには大きなひまわりが咲いていた 「あっ、ひまわり」 唯の口から自然に言葉がこぼれた。 「せや、ひまわりやでえ。今年も夏が来たんやなあ」 井口先生は、しみじみと言った。  こうしてちゃんとひまわりを見たのは、たぶん幼稚園の時以来かもしれない。 「なあ、おまえ知ってるか?」 唯が懐かしさに浸っていると、井口先生が話しかけてきた。 「えっ?」 「ひまわりが咲くと、セミが泣き始めるんやって」 「えっ、そうなの?」 「あーそうみたいやでえ。たぶん明日か明後日ぐらいに、ミンミン言い始めるんとちゃうやろか」 「へえ、知らなかったー」 井口先生の話に、唯はとても驚いたと同時に、疑問が浮かんだ。 「どうしてひまわりが咲くと、セミが泣き始めるんですか?」 目の前で咲いているひまわりを見つめながら、唯は尋ねた。 「そこまでは知らん。そんな知りたかったら、図書室に行って自分で調べや」 そう言い放つと、井口先生は、速足でグラウンドの中へと入って行った。 「先生、どこに行くんですか?」 唯と井口先生以外、誰も居ないグラウンドの中を、ひたすら歩きながら、唯は尋ねた。 「学校の裏の緑の森やあ」 井口先生の言葉に、唯は思わず足を止めた。 「先生、緑の森は、立ち入り禁止になっていますよ」 唯はどんどん遠ざかっていく井口先生の背中に向けて叫んだ。 「だいじょうぶやあ。今は朝やから入れるようになっとんねん」 いまいちよく分からない井口先生の答えに、唯はその場で足を止めたまま考えた。 だが、こんなところを他のクラスの人たちに見られたらと思うと、やはり怖くなった。だから急いで井口先生の後を追うことにした。

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