図書室の井口先生
図書室の井口先生-10

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 それはここ1か月ぐらい、クラスの女の子たちの様子がどうもおかしいのだ。クラスのほとんどの女の子たちが、唯にだけ冷たくしてきたり、口をきいてくれなくなったのだ。もともと苦手だった理恵子ちゃんは良いとしても、それまでずっと仲の良かった恵美ちゃんやあおいちゃんたちまでもが、急に自分を避けるようになった。  なぜだろうと気になった唯は、ある日の2.3時間目の休み時間に、向いの席に座る美佳ちゃんに、思い切って聞いてみた。 「ねえもしかして、私みんなに何か悪いことしたのかなあ?」 美佳ちゃんは、周りに女の子たちの視線が無いことを確認すると、声を潜めてこう言った。 「だって唯ちゃん、理恵子ちゃんが一緒にトイレ行こうって言っても、いつも一人で先にいっちゃうんだもん」 その瞬間、唯の心の中が、まるで停電した部屋のようにぱっと暗くなった。ものすごく泣きたいはずなのに、涙は1滴も落ちてこなかった。  そのうち教室に居るのが、だんだん苦しくなってきた。そして昨日、ついに学校に行きたくなくなってしまったのだ。 「俺で良かったら話聞いたるでえ」 井口先生が言う。 「先生」 唯の口から、とっさに言葉が出る。 「おー、なんやあ」 「どうして女の子同士で一緒にトイレに行かなきゃいけないんですか?」 「あー?」 「一人だけでトイレに行ってはいけないんですか?」 遠くの方で、またチャイムが鳴る音が聞こえた。2時間目の授業が始まったようだ。 「おまえが一人で行きたかったら、一人で行ったらええでえ」 遠くからのチャイムの音に、井口先生の声が重なる。 「でも、どうしてクラスの女の子たちは、みんなでトイレに行くんですか?何で私が一人でトイレに行ったら、あおいちゃんたちから避けられたりされなきゃいけないんですか?」 唯の口から自然に言葉が溢れてくる。 「みんな寂しいからや」 「寂しいから?」 唯は井口先生を真っすぐに見つめた。井口先生の目は、まだプラタナスの木に注がれている。 「一人でトイレに行ったおまえを避けるのは、そいつらも一人でトイレに行きたいねんけど、一人でトイレ行ったら、今のおまえみたいに、みんなから冷たくされるのが嫌やから、寂しいって思ってんねんやろ」 「そうなの?」 井口先生の言葉を、唯はすぐには信じられなかった。 「あーそうや。20数年前、かくれんぼの鬼を、この森に置き去りにして帰りやがったやつらも、きっと寂しかったんやろうなあ。死んだあいつと同じようにな」 風がまた、ざわざわと強く吹いて、木の葉を揺らした。 「先生」 「なんやあ」 「私は寂しいです」 「ほう」 「クラスの女の子たちは、みんな冷たいし、男子たちは汚い言葉ばっか言ってからかってくるし、石川先生に話しても聞いてくれないし…」 話しているうちに、涙がこぼれそうになって、唯は唇をぎゅっとかんだ。  井口先生は、やっとプラタナスの木から目を離した。そして唯の方を見て、こう言った。 「おまえは強いなあ」 「えっ?」 「寂しいって言えるっちゅうのは、強い証拠なんやでえ」 「そうなんですか?」 井口先生は、大きく頷いて見せた。そしてその両手を、自分の両耳に当てた。

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