次の日の朝。 登校した僕と教室で目が合ったみちるちゃんは、真っ赤になって目をそらした。そんな彼女はあいかわらず、長いかみを顔までたらして、幽霊みたいで。僕が近づいて行くと、そそくさと逃げるように、席を立った。 その日は一日中、そんな調子で。放課後もいつものように本を読まずに走って帰ろうとするみちるちゃんを、僕は追いかけた。 「ちょっと、みちるちゃん!」 校庭で僕は彼女に追いついて、手をつかんだ。 「どうして、逃げるの?」 「だ……だって」 そんなことをしている僕も、下校しはじめている子たちの目が気になり出して。彼女の手を引いて、誰もいない校舎裏へ連れて行った。 セミがミンミン鳴いている中……みちるちゃんは、ようやく口を開いた。 「恥ずかしかったから」 「恥ずかしい?」 みちるちゃんは、ちょっと涙目になってうなずいた。 「だって、私……物語を書いて、高志くんに読んでって言って。でも、読んでもらったと思ったら、体の中がどうしようもなくむずがゆくなって、とっても恥ずかしくって……今日、高志くんの顔を見ることもできなかった」 真っ赤になってそんなことを言うみちるちゃんは、少し震えているようだった。 「ねぇ、高志くん。私の物語、つまらなかったでしょ?」 みちるちゃんの眉は下がって、とっても不安そうだった。 「私の物語、読んで欲しいと思って、思い切って渡したんだけど……高志くんが読んでどう思ってるかなって。考えれば考えるほど不安で、私の物語なんて絶対につまらないのに、どうして読んで、だなんて言ってしまったんだろうって……恥ずかしくて、恥ずかしくて。あぁもう、高志くんにノートを返す前に戻りたい……って、今日、ずっと思ってたの」 そんなことを話すみちるちゃんは真っ赤な顔をして、声も震えていた。 僕はそんな彼女を見て……思わず、吹き出してしまった。 僕とみちるちゃんは、やっぱり正反対なようで、すごく似てる。同じことをして、考えることも、感じる気持ちも。 「高志くん?」 不思議そうな顔をするみちるちゃんの目を、僕はまっすぐに見つめた。 「少しは僕の気持ち、分かってくれた?」 「えっ?」 「ほら。僕、みちるちゃんに物語を勝手に読まれて、ものすごく怒ったじゃん」 「うん……。自分の書いた物語を読んでもらうのって、すごく不安で、こわくて、恥ずかしいんだね。なのに、私、高志くんのを勝手に読んでしまって……」 そう言って俯くみちるちゃんに、僕はにっこりと笑った。 「すっごく面白かったよ!」 「えっ……」 「みちるちゃんの書いた『タマムシとイモムシ』」 「えっ……本当!?」 みちるちゃんの目が、とたんにパァッと輝いた。 「でも。ちょっと、読んで思ったこと……感想を言っていい?」 「えっ……う、うん」 僕の感想を待つみちるちゃんはすっごく緊張しているようで、両手の平をギュッと握っていた。 「物語に出てくるタマムシさんにとってはさ。イモムシさんの方がタマムシ色に見えていると思うよ」 「えっ、イモムシさんの方がタマムシ色に……どういうこと?」 僕の言葉に、みちるちゃんは不思議そうに首をかしげた。そんな彼女がいじらしくて、何だか少し、困らせたくなって。 だから僕は、飾らない自分の想いを……いや、『タマムシ』の『イモムシ』に対する想いを彼女に伝えようと思った。 「タマムシさんにとってはイモムシさんが地味に見えたり、可愛く見えたり。とびっきりの笑顔を見せてくれたかと思ったらすぐに泣いたり。いつ見ても、その輝きの見え方が違う……だから、タマムシさんはイモムシさんをずっと、いつまでも、目を離せずに見ているんだ」 「ずっと、目を離せずに見ている……」 みちるちゃんはその言葉を繰り返して……僕の方を見て、赤くなっていた顔をさらに真っ赤にした。 「それに。イモムシさんがこんな毎日が続くことを願っているのなら、タマムシさんも同じだよ。タマムシさんもこれからもきっと、タマムシ色の毎日が続いていると思っている。これからも……イモムシさんの笑顔を見たいし、時には意地悪もしたい」 「ねぇ……」 僕の言葉をそこまで聞いて……みちるちゃんは少しいたずらっぽく笑った。それも、彼女が初めて見せる笑顔で。僕はドキっとした。 「イモムシ……って言うの、やめて。せっかく、ジーンって感動しているのに、ちょっと、落ちこむから」 そんな彼女に、僕は頭をかいて苦笑いした。 「何だよ、自分で書いたくせに」 そして……今度はタマムシに代わりに言わせずに。僕の飾らない、そのままの気持ちを言った。 「だから……僕がみちるちゃんを想う気持ちが何色かなんて。みちるちゃんが僕を想う気持ちが何色かなんて、答えはなくてもいい。それがみちるちゃんを喜ばせることになったとしても、困らせることになったとしても……それは僕の『タマムシ色の物語』になるんだから。だから、これからもずっと。みちるちゃんは、僕のこの『タマムシ色の物語』のヒロインでいてほしいんだ」 何が言いたいのか分からないかも知れないけれど、ちょっとクサいかも知れないけれど。それが、僕のかざらない、今の気持ち。 そんな僕の気持ちを聞いて……みちるちゃんは真っ赤になってはにかみながらも、白い歯を見せてうなずいた。 「もちろん……とってもうれしい。だって、私が物語のヒロインにしてもらえる日がくるだなんて……絶対にないと思っていたし、地味で何もできなくて。こんなヒロイン、高志くんの物語じゃなかったら失格なんだから」 校舎裏で、少しオレンジ色になった光に照らされながらそんなことを言うみちるちゃんは、今まで見たどんな彼女よりもきれいで、輝いていて。『タマムシ色の物語』だけのヒロインで良かった……僕はそんなことを考えていた。 僕たちは誰もいない教室に戻って、あのノートを開いた。 「ちょっと……見られていると、書きにくいよ」 「大丈夫。私しか、見ていないんだから」 これからずっと、僕は放課後、みちるちゃんと『タマムシ色の物語』を書くことになったんだ。でもそれは、僕たちの『タマムシ色の物語』の一部で、何色になるか僕たちにも分からなくて。 だからこそ、そんな毎日はキラキラと輝いていて……僕は鉛筆を持って、隣でヒロインのタマムシが微笑む中、そんな毎日の物語を書き始めた。 * 「タマムシ色の物語」 僕がみちるちゃんをタマムシみたいだって思ったのは、六月十日のことだった。 その日はまさにタマムシ日和だった。 …………
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