きみのことなんて
2.きみのことが

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「信じられない!」  図書室を出た廊下で、ハルちゃんが大きな声を出す。ついさっきまで図書室にいたが、そこでもハルちゃんはふくれていた。小声で話しかけても無視された。 「なんであんなことしたの……」  手を振ったことを言っているんだなと思ったけど、わざとハルちゃんに聞いてみる。 「あんなことって?」 「えっ」  丸い瞳をこちらに向けて、きょとんとした顔で驚いている。かわいいな。そう思っていると、さあっと頬に朱色が広がっていくのが見えた。 「だから、あれ、えっと、手、振ってきたやつ……」  だんだん小声になっていく様子が面白くて、ふ、と笑ったら、キッと睨まれてしまった。ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。 「いや、ごめんって」  そう言うと、ハルちゃんは俯いたまま歩き出した。隣に並びながら、俺はそっと赤くなった耳元を見た。  始まりは、ほんの些細なことだった。転校してすぐのことだ。  俺は自転車通学をしていて、雨の日はバスを使うと決めていた。バスを待っている間、暇だから図書室でも行くかと思って来てみたら、女の子がいた。他には誰もいなくて、二人だけの世界みたいで不思議な感じがした。  肩までの黒髪や細い手足、落とした瞳の静かな視線が、図書室の空気にぴったり合いすぎていた。本の妖精みたいだなと思った。俺は彼女がすごく気になって、それから雨でバスを使う時は図書室で待つようにした。  女の子はハルちゃんと呼ばれていた。隣のクラスの子だと知って、休み時間にはなるべく廊下に出るようにした。そうしないと、教室が隣でもなかなか会えない。  色んな人が俺に喋らせようとしたり、茶化してきたりする中で、ハルちゃんは違った。少し離れたところから俺を冷めた目で見ているのが、なんかいいなと思った。  ハルちゃんと図書室にいる時は落ち着いた気持ちになった。はじめはそわそわしていた心が少しずつ和らいでいって、この特別な時間をもっと味わいたいと思った。ハルちゃんの傍は安らげる場所だった。  ハルちゃんと一緒に帰れることになった日は、すごく嬉しくてバスを何本か遅らせた。ハルちゃんには違うやつ乗るからと誤魔化して、見送ってから急いでバス停に向かった。  我ながら、下手くそだなあと思う。でも、これが初恋なんだから、仕方ない。 「ハルちゃん」  返事はない。キュッキュッと上履きの音だけが廊下に響く。無言が苦手なタイプではないけど、ハルちゃんを怒らせたままではだめだ。何を言ったらいいのかと悩んで口から出てきたのは、自分の疑問をストレートに乗せた言葉だった。 「ハルちゃん、恥ずかしかったん?」 「は?」  ハルちゃんの反応も仕方がないと思う。でも俺は言葉に気を遣えるような頭のいい人間じゃないから、真っ直ぐ言葉にすることしかできない。 「俺も」  言葉が飛んでくる前に口を開く。 「俺も恥ずかしかったから、ハルちゃんと一緒やな」  わざと明るい声を出しながら顔を覗くと、ハルちゃんは怒っているのか照れているのか分からないような顔をしていた。少し冷めたところのあるハルちゃんが、普段は絶対に見せない顔。それを俺だけが見ているのだと思うと、たまらなく嬉しい。 「そんなかわいい顔してもあかんで」 「っ、かわいくない!」 「素直っちゃうなぁ、ハルちゃんは」 「なんなのもう!」  怒っている姿まで愛しいだなんて、俺は変になってしまったんだろうか。  もう少し今に浸っていたいと思いながら、俺はハルちゃんに言った。 「なぁ、今日いっしょにかえろ」

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