「あなたをどんなときでも守る」 そんなの、ただの呪いの言葉だ。 私だけ守られたって、意味が無い。 あの人は、私をおいて先に逝ってしまった。 「寿命なんだから仕方がない」 「だから異種族での恋愛はやめなさいって言ったのに」なんて、 慰めのつもりなのだろうか、その手の言葉を、彼の死後沢山かけられた。 悪気は無かったのだろうけど、その言葉で私が癒されることは無かった。 だって、いつか死んでしまうなんて、 そんなことは、私たちが一番分かっていた。 この結末を知ったうえで、それでも一緒に居たいとこの選択肢を選んだのだから。 とはいえ、彼が亡くなった後私はひどく落ち込んで、 食事もとらずに窶れていった。 それは私も頑固で、 意地になっていた部分もあったのかもしれない。 そんな私を見かねた周りの人は、教会の牧師先生を連れてきてくれた。 信仰心の強いタイプでは無かったが、 両親の影響もあり、教会には通うようにしていたため、牧師先生のことは知っていた。 先生と直接ふたりで話すことなんてそれまで一度も無かったが、 牧師先生は、私に寄添って話を聞いてくれた。 必要以上に距離を詰めることもなく、素っ気無いわけでもなく、 親身に「聞いて」くれたのだ。 そして、短い説教の最後に「願いが叶うなら、何を望むか」と私に尋ねた。 私は迷わず「もう一度彼に会って、共に人生を歩みたい」と答えた。 それを聞いた牧師先生は、 優しく笑ってから、特に魔法を使うわけでもなく「求めなさい、そうすれば与えられる」と 有名な聖書の1節を私に言って聞かせた。 小さい子供でも知っているようなとても有名な言葉だった。 最後にそんな有名な聖句を言うのかと驚いたし、 それが本当ならもうとっくに彼は生き返っていると思った。 でも今思えばその気持ち自体、神様を信じ切っていない証拠だった。 そんなんで叶うはずがない。 とはいえ、牧師先生の言葉というのは不思議なもので、 半信半疑の私もその言葉を聞いて心が安らいだ。 それから半年、一年、十年と時は経ち、 あんなにズタズタだった心も、少しずつ時間とともに癒えていった。 元通りになっていく日常と自分のメンタルに何処か寂しさを感じながらも、 私に時を止めることなど出来るはずもなく、 どんどん進んでいく時間と共に歳を重ね、 両親には「もういい年なんだから」と結婚を勧められるようになった。 でも、私はどうしても次の恋愛に意識を向けることが出来なかった。 「他の人を好きになれない」というのも半分言い訳で、 「彼」以外の人と恋愛をすることへの罪悪感と、 「彼」を諦めきれない自分の感情は相手に失礼だという思いが、 心の中で渦巻いていたのだ。 私の感情など関係のない、お偉いさん家との政略結婚のような話も幾つかあったが、 どんなものでも結婚は絶対にしたくないと、両親をはじめ多くの人の誘いを断った。 「彼」とは周りの反対によって結婚できなかったから、 どんな人であっても「彼」以外の人が自分の夫として記録されるのは嫌だったのだ。 そうして恋愛を遠ざけ続け、「彼」との再会を祈って数百年が経った。 寿命の長い私だが、もう残っている時間は多くない。 会えたときにはもうしわくちゃというのも少し切ない。 また彼に会える日は来るのだろうか。 --------------------------- うとうとしていたら、汽車に揺られたまま寝てしまっていたらしい。 友人に起こされて目を覚ますと、目的地はもうすぐそこだった。 「ペン握ったまま寝ちゃって、いつまでも子供っぽいのは治らないねぇ。」 隣に座る友人は楽しそうにくすくす笑っている。 反抗したいところだが、悔しいことに子供っぽいのは事実である。 グリーンピースの美味しさも未だに分からない。 ほんと長い寿命の割に成長しないな、と自分に飽きれつつ体を起こして伸びをすると、 手の中の万年筆が、陽の光できらりと光った。 昔「彼」に貰ったものだ。 青い軸には淡いマーブル模様、キャップの金具には花の模様が彫られている。 「彼」に貰った最初で最後の贈り物。 職業柄、アクセサリーよりもこっちのほうが良いだろうと選んでくれたのだ。 「本当は指輪を渡せたらよかったんだけど、周りにバレたら困るでしょ? 棚にしまって時々眺めるより、堂々と長い時間使ってもらいたかったから。 いつか指輪を渡せるようになったら、そのときはまた受け取ってほしいな。」 そう笑って言ってくれたとき、あぁ多分この人には一生敵わないと思ったのを覚えている。 どれだけ時間が経っても、どうしようもなく愛してしまうんだろうな、と。 この万年筆に彫られた花は、ローワン。 神話に登場する花で、魔除けの意味を持ち、 花言葉は『あなたを守る』なのだとか。 「ぼくの代わりに、君を守ってくれるよ」と珍しく格好つけたように説明してくれた。 確かに、このペンのお陰か、私は彼の死後ほとんど病気もけがもない。 身体の特性もあるんだろうけど、精神的に私を救ってくれたのは事実だと思う。 「私だけが守られても寂しいだけなんですけどね。」 小さく呟いて暫く外を眺めていると、あっという間に目的地についた。 汽車を降りると、変わらずのどかな風景が広がっていた。 空気も澄んでいて、風が気持ちいい。 当たり前のように過ごしていると気づかないが、 この土と緑の匂いは、どこにでもあるものではない。 すぅー はぁー うん、空気が美味しい。 「浸りたい気持ちはわかるけど早く行くよー。 そんなんじゃ日が暮れちゃうでしょう。」 呑気に深呼吸を繰り返していると、友人に急かされた。 友人が急いでいるのは、家の近所に住む別の友人を訪ねるためだった。 赴任先で子供が生まれたという知らせを受けてから、もう五年が経ってしまったのだ。 本当はすぐにでも帰りたかったのだが、仕事の都合上そうもいかず、 今日やっと会えるのである。 近所での結びつきの強いこの村では、 みんなが親戚のような距離感がある程度保たれており、 子供が生まれると村全体が活気づく。 そんな空気感が苦手な時期もあったが、 だんだん昔ほどの過剰な付き合いは無くなっているため、 今ではこれも悪くないと思っている。 長い人生、王宮近くで務めていた淑女の時期もあったが、この郊外での暮らしも快適だ。 ただ、みんな寿命には逆らえず、住む人は少しづつ入れ替わる。 結局本当に親戚のような間柄なのは、 同世代で幼馴染のこの二人くらいかもしれない。 「今行くー。」 改めていい故郷といい友人を持ったなと思いながら適当に返事をして、 帽子をかぶり直した。 「本当にいい町だよね、ここ。」 追いついて一緒に歩きながら、何となく思ったことを伝えたくなった。 「うん。 昔は田舎で嫌だと思ってたけどさ、 こうしてみるとやっぱり大好きなんだよね。 ほんと幸せって、気付きにくいもんだ。」 急な投げかけに驚く様子もなく答える彼女に、今まで過ごしてきた時間の積み重ねを感じた。 それから沈黙の中歩き続け、見慣れた屋根が見えてきたころ、 「あ、あそこ!」 珍しく彼女が子供のように声をあげた。 視線の先に居たのは、少し大人びた、幼馴染の姿だった。 いそいそと洗濯物を干している。 「まず家に荷物置いてからね。 流石に重いし、邪魔でしょ。 もう、早く家まで行っちゃおうよ。 これじゃ内緒で監視してるみたいじゃん。」 「はーい。 なんかいつもと立場逆転してるね。」 「え、私そんなにいつも幼い?」 「いや、別にそうじゃないけど、そうだね。」 「どういうことですか。」 お互い若い頃みたいに戻ってしまうのも、この土地だからだ。 他愛もないことにはしゃぎながら、足を速める。 幸せだなぁ。 あの人も、幸せだといいな。 澄み切った青空を眺めながら、そんなことを思った。 --------------------------- 「求めなさい、そうすれば与えられる」 あのとき牧師先生にかけられた言葉は、今でも心に留めてある。 この言葉は、説教を聞かせてもらったあの時間も含めて、私の大事な宝物だ。 でも、今また同じように願いを聞かれたなら、私は「彼」の幸せを願うだろう。 勿論「彼」には会いたいけれど、結局のところ望むのは「彼」の幸せなのだ。 だって、私はずっと「彼」を愛しているから。 数百年経ったが、それでもこの気持ちは思い出にならない。 いや、思い出にしたくない。 私は「彼」を好きでいて幸せだったし、 どうせ忘れることが出来ないくらい今でも「彼」のことが大好きだから。 これはきっと、死ぬまで変わらない。 もしかしたら、死んだあとも変わらないかもしれない。 でも、そんな私のことなんて気にしないで、あなたは幸せになって。 「そして、今度愛した人には、ちゃんと指輪を送ってあげてくださいね。」 私は、この万年筆に守っていただきますから。
コメントはまだありません