今度はどんな家に生まれたんだっけ。 そんな事を考えながら太陽の光で目を覚まし、 もう慣れてしまった「記憶の引継ぎ」の感覚を覚えながらベッドを抜け出して、 母親と父親のいる居間に向かう。 まだ少し肌寒いが、空気はすっかり春らしいものになっていた。 「あら、珍しく早起きね。おはよう。」 そう言いながら朝食を用意する母親は、とても優しそうなひとだった。 確か、お菓子を作るのが得意だったと思う。 「お、早起きなんて偉いじゃないか。おはよう。」 先に席に座っていた父親もそう挨拶してくれて、とても仲の良い家族であることが窺えた。 馴染みきらない今世の記憶も、穏やかで和やかなものであることは確かである。 「おはよう。今日はちゃんと目が覚めたんだー!」 美味しそうな朝食の香りを嗅ぎながら得意げに返事を返す。 笑いながらまず顔を洗ってらっしゃいと嗜める母に従い、洗面所に向かった。 ここは裕福な家庭でもないが、家は丁寧に掃除されていて、清潔感がある。 多分、ここは普通の幸せがある場所だ。 ハリのある小さなふたつの手に溜めた、冷たい水の感覚で意識を覚醒させて、 鏡に映る自分に言い聞かせた。 『ぼくは、このあいだ五歳になった普通の家の子供だ。数か月前に死んだ老人じゃない。』 若干ごわついたタオルで顔を拭き、 気合を入れるように顔を叩いてから居間に戻って、両親の間の席についた。 使用人も、料理人もいない小さなテーブル。 シンプルな野菜スープと少しパサついた大麦パンがとても美味しかった。 朝食を終えてから父親は仕事に向かい、母親も家の仕事にとりかかった。 ぼくは、外で遊んでから家に戻って手伝いをした。 郵便や雑談など、 ときどき出入りする近所の人もぼくをすごく可愛がってくれて、終始流れる空気が和やかだった。 裕福でなくとも、明るい笑顔と幸せがあって、とても居心地がいい。 いつかのぎすぎすした権力者の家とは大違いだ。 誕生を喜ばれているようで、喜ばれておらず、 上辺ばかりの自分たちを風刺するように装飾品で飾られたあの空間には、もう二度と行きたくない。 そうして時折むかしのことを思い出しつつ、 恵まれた環境にしみじみ感謝をして一日が終わり、 幸せな気持ちでベッドに入った。 明日は、久しぶりに母親の友人が訪ねてくるらしい。 その人はぼくの生まれる少し前に仕事でこの土地を離れ、その仕事が終わってやっと戻ってくるのだとか。 あの母の昔なじみなのだから、いい人であることは間違いない。 どんな人なんだろうと朝が楽しみになる。 そうして、わくわくしながら眠りについた。
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