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ひとりで物思いにふけっていると、いつの間にかクッキーの匂いが部屋に漂っていて、 テーブルには紅茶が用意されていた。 「お母さん、手伝うよ。」 ぼくは慌ててそう言ったが、 「いいのよ。  もうクッキー焼けたし、来るのは母さんの友達なんだから。  でも、もうすぐ来ると思うからつまみ食いは一枚だけね。」 そう言って焼きたてのクッキーを一枚渡してくれた。 型抜きであまった端っこの部分だ。 他のものよりボコボコしていて、ちょっと大きめのクッキー。 サクサクしていて、甘さが丁度いい。 椅子に座って、貰ったクッキーを味わっていると、 ドアをノックする音が聞こえて、 母が出迎え、ふたりの女性がやってきた。 そこには、もう何年もぼくの頭から消えない、 見知った顔があった。 見慣れたその顔に、ぼくは驚いて声も出ず、ドアを見つめて固まった。 しかし、そんな息子をよそに、ぼくの母親はふたりと笑顔で話していた。 はっと我に返ってから、今一度その姿を記憶と照らし合わせる。 間違いなかった。 目の前で楽しげに話す三人の光景は、どこか懐かしかった。 「久し振り。  会えなくて寂しかったわ。  お祝いも遅くなっちゃってごめんなさいね。」 そう言って土産を渡す「彼女」。 「来てくれるだけで十分嬉しいのよ。  仕事忙しかったなら無理しなくても良かったのに。  そうそう、息子を紹介するわね。  あなたの引っ越しと丁度入れ違いだったから。  ニコロ、ほら、お姉さんに挨拶しなさい。」 母親は相変わらずご機嫌だ。 ぽんと押された背中は、まだ頼りない。 それでも、会えたことが嬉しい。 ぼくは五歳児の自己紹介ってどうするんだと焦りながら、 駆け寄って挨拶をした。 「はじめまして。ニコロです。  五歳です。  よろしくおねがいします。」 「ニコロね。  お姉さんは、リュシルって言います。よろしくね。」 そういって差し出された手は、前よりも少し、しわが刻まれていた。

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