ことの発端は、数百年前。 病気にかかりながらも寿命を全うし、恋人である「彼女」を遺してぼくは死んだ。 初めての死だ。 もとより、宗教的な考えを抜きにすれば死というものは一人一回のものであるはずなのだが、もうその辺は仕方ない。 そして、最初の死を迎えてから少しの時間が経ち、ぼくは名前も知らない家に生まれ直した。 前世での記憶をそれなりに残したままでの転生だった。 転生した当初は自分の身に起きたことを受け入れられず、 周りの人を驚かせたり、メンタルが不安定になったりと慌ただしい毎日だったが、 数十年生きていくなかで、流石に状況を受け入れた。 学校に行き、成人し、家業を継いで、時は流れた。 特段不幸なこともなく、特筆するような幸運もなく、平凡でいい人生だった。 そんな人生で、起承転結で言うところの「転」が訪れたのは30歳を迎えたころだった。 そのぐらいの歳になればある程度身を固めることを意識し出すわけで、 同世代は続々と家庭を築いていったが、ぼくには全くと言っていいほどに色恋沙汰がなかった。 そのときぼくの育った環境において生涯独身というのは珍しく、両親からは何度も見合いを勧められたけれど、ぼくはそれをすべて断った。 別に両親と仲が悪かったわけじゃないし、結婚や恋愛に嫌悪があったわけでもない。 ただ単純に、前世から気持ちを切り替えられなかったのだ。 ぼくは、彼女を遺して最初の死を遂げ、その記憶をもったまま転生をした。 その記憶には勿論「彼女」も含まれているわけで、 そのあたりが不器用なぼくは、転生してもなお「彼女」に恋したまま、次の恋愛に向き合うことが出来なかったのだ。 まぁ、冷静に見ればとても重いしねちっこい。 ともかく、そうして転生一回目30歳のぼくは、恋愛を遠ざけつつ、その分の時間とエネルギーを仕事に費やした。 前世の記憶も役に立ち、仕事は順調に進んだ。 家族仲は良く、仕事もうまく行っており、前世の経験というチート付き。 なかなかに上出来な人生だが、それでもどこか空しさを覚える日々だった。 何せ、恋人(元)は生きているかも分からず、前世の町が同じ世界にあるかどうかすらわからない。 新たな故郷ができても、それはやはり寂しいものだった。 そうして仕事漬けの日々を送る中、事件は起きた。 夏の頃だったと思う。 仕事で珍しく国外に出ることになり、乗りなれない馬車に揺られて目的地に向かった。 移動距離の関係もあって、何泊か宿屋に泊まることになっていたため、 仕事の用を済ませて、余った時間に宿屋の周りを散策していたときのことだ。 店の立ち並ぶ大通りの中で「彼女」を見つけた。 前世と同じ町では無かったから、何かの事情でその街に来ていたのだろう。 「へっ…?」 反射的に声が出て、ぼくは足を止めてしまった。 すれ違っていく人がぼくをちらちらと見ていた。 それから数秒、我に返ったぼくは、 「あの...!」 そう言いかけて、言葉を声を飲み込んだ。 本当はすぐにでも声をかけて自分の正体を明かしたいところだったが、 それを信じてくれるだろうか、それはお互いにとって悪い影響を与えないだろうか、と幾つもの不安が押し寄せて怖くなったからだ。 結局、ぼくは声もかけられず、そのまま家に帰った。 そうしてぼくは、彼女がまだ生きていて同じ世界に居ることを知ったが、 調べたり訪ねたりすることは一切無かった。 見間違えだったかもしれないし、どこか実感がわかなかったからだ。 全く目に見えない希望も辛いが、微妙に見え隠れするものも辛い。 心の奥にむずむずした気持ちを残したまま、ぼくは二度と「彼女」を目にすることなく、二回目の死を遂げた。 因みに「彼女」を遺して死んだときぼくは寿命を全うしているのに、それから三十年経っても「彼女」が生きているなんて可笑しいと思われてしまうかもしれないが、そこに何らおかしな点は無い。 「彼女」の寿命はぼくの数倍、下手したら数十倍になるのだ。 まぁこれに関しては、種族の違いによるものとしか説明できない。 例えるならそこらに飛んでいる虫けらと、牧場に住む牛や豚の寿命が違うのと同じようなものだ。
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