どうしようもなく恋は咲く
5-1 引き返せない想い

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 失恋は心と体から気力を失わせるものだと、暁翔は初めて知った。  何事も諦めが肝心だと人は言う。だけど本当に大事なものは、簡単には諦められないことも知った。  芝居も諦められない。雅への想いも、自分の中から手放せなくて苦しい。  この恋は成就しないのに、変わらず雅が好きだった。一緒にすごした日々や、かわいい笑顔が忘れられない。思い出すたびに泣きたくなる。  京介も「あかんかったか……」と落胆していた。「うまいこといくと思うとったんやけどなぁ」とも言っていた。  暁翔も期待していただけに、すっかり打ちのめされている。  せめて気持ちを伝えた上で振られたなら、諦められたのでは。告白もせずに終わってしまい、不完全燃焼である。  できれば会って、思いきって告白したい。スマホのメッセージで告白しても冗談だと思われそうだから、直接伝えたい。  その後、雅に何度か会いたいとメッセージを送ったが、返事はいつも『忙しくて時間が作れないんだ。ごめんね』という文言ばかり。  ついには『合鍵をずっと持ってるのは悪いから、そのうち郵送で返すね』というメッセージまで届き、深く落ち込んだ。  もう堂島家には来てくれないのではないか。そんな悲しい予感しかしない。  去年の夏、春になって桜が咲いたら一緒に花見をしようと話をした。暁翔はずっと花見をするつもりでいたが、それも果たせない気がする。  沈んだ日々が漫然とすぎていく。  週末、集中力を欠いた暁翔は仕事でミスをして室長に怒られてしまった。 「何やってんだ! ぼうっとするな!」  厳しい叱責を受け、暁翔は「すみません……」とひたすら頭を下げた。  その日の帰り道は、ふらふらしながら弁当屋『花江』に立ち寄った。  以前は落ち込んだとき、カウンター越しに立つ雅の笑顔を見て癒やされていた。  しかしもう、弁当屋に彼の姿はない。暖簾をくぐった先に見えるのは、三角巾とエプロンを身につけた雅の姉である。わかっていながら、ついがっくりしてしまう。  姉も綺麗な人だが、人妻だし、そもそも自分に向けられる笑顔の温度はいつも一定で、胸はときめかない。雅の笑顔がいかに特別だったかを思い知る。 「堂島さん、こんばんは。疲れてるみたいね」  姉がいつもの営業スマイルで応対してくれた。 「はあ、少し」  気のない返事をして日替わり弁当を注文すると、「この前は雅と連絡、ついたの?」と問われてハッと我に返った。 「あっ、先日はご心配をおかけしてすみませんでした」  姉にとって暁翔の突然の訪問は、わけのわからない出来事だっただろう。慌てて「連絡は取れました。喧嘩したわけじゃないですから」と弁明した。 「そう、ならよかった。雅は堂島さんのファンだから」  レジで会計をする姉は、変わらず微笑んでいる。  そう言えばこの前も、姉は同じようなことを言っていた。あのときは焦っていたので聞き流してしまったが、雅って俺のファンだったのか、と改めて驚く。  雅は自分が作る『なごみ弁当』に暁翔という常連客がついて、きっと嬉しかったのだろう。客のファンになるなんて。 「あの、俺も……雅のファンだったんです。仕事帰りに『なごみ弁当』を買うと、雅がすごく嬉しそうにしてくれて。笑顔に癒やされてました」  釣り銭を差し出した姉が、驚いた様子で表情を明るくした。 「そうなのね! 雅に教えたらきっと喜ぶわ」  暁翔は苦笑いする。 「言わないでください。男にそんなこと言われたら、気持ち悪いと思うでしょうし」 「あら、そうかしら。人からの好意って男女関係なく嬉しいものだと、私は思うけど」  雅に告白したら、少しは嬉しいと感じてくれるだろうか。

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