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 雅は自分の膝の間に顔を埋め「暁翔、ありがと……」と呟いた。 「いや」  彼の落ち込んだ姿が切なくて、つい熱くなって励ました。ウザい男だと思われただろうか、と少し不安になる。  しばらく後、ゆっくりと顔を上げた雅が溜息をついた。 「きのうもそうだったけど、暁翔には不思議と弱音を吐いちゃうなぁ。死んだおじいちゃんに雰囲気が似てるからかも」 「おじいちゃん?」 「うん。いつも僕を励ましてくれる、優しいおじいちゃんだったんだ。おまえのがんばりを見てる人は必ずいるから、めげるなよって」 「そっか」  自分と話すことで祖父を思い出し、少しでも元気になってくれたなら嬉しい。 「ね、一つ、お願いしてもいい?」 「何?」 「この家に、時々遊びに来てもいいかな? 部屋を綺麗にしたらほんとに別荘みたいで、すごく居心地がいいから気に入っちゃった。その、暁翔にも、会いたいし……」  最後のほうは聞こえないほど小さな声で、ごにょごにょと言う。 「そんなの、いつでも、いくらでも来いよ。大学の頃は男友達と一緒に暮らしてたんだ。だから入り浸っても俺は平気だよ」 「友達と一緒に住んでたの?」 「ああ」 「ど……同棲?」  暁翔は思わず吹き出した。 「違うよ! 男だって言ったろ? 同棲じゃなくて同居。同棲じゃ、俺とそいつがつき合ってたことになる」  雅も「そうだね」と言って、てへっと笑った。  男とつき合う、同棲する、とてもじゃないが考えられない。 (でも雅となら、つき合えるかも)  ふとそんな考えが過ぎり、まさか、有り得ないだろ! と慌てて打ち消した。  もし次につき合うなら本当に好きになった人、結婚を考えられるような女性がいい。だからいくら顔が好みでも、男に惹かれるなんてあってはならない。  自分が同性愛者というマイノリティに属するなど、想像したくない。  それ以来、雅は度々堂島家に遊びに来るようになった。  特に『花江』の定休日である日曜日は必ずやって来る。前日の土曜の夜から来て一泊し、日曜は一日中一緒にいることもあった。  雅がおいしい手料理を作ってくれるので、暁翔としては大歓迎である。和食はもちろん、夏野菜たっぷりのカレーなど、雅はバラエティに富んだメニューを作ってくれた。おかげで食生活が充実し、体調がいい。  二人でソファに座り、和菓子と茶を楽しみながら映画を観るなど、のんびりした時間をすごした。  まるで自宅でデートをしているような気分になるときがあり、少し焦る。  ときには二人で庭の手入れもした。堂島家の小さな庭は、ちょっとした日本庭園風になっている。雑草だらけで荒れていた庭を綺麗にすると、ツツジやカエデなどの低木が現れた。大きくはないが、桜の木もある。  部屋と同様、庭なんて大して気にもとめていなかったのに、手入れをした途端に愛着が湧き始めるのだから、現金なものである。  暁翔が「松でも植えて盆栽でもしようかな」と言うと「やっぱりおじいちゃんっぽいね」と雅は笑った。  実際、暁翔の好みは何かと渋い。日本茶と和菓子、素朴な和食、畳のある和室を愛している。それらに雅が無理せずつき合ってくれるので、二人で一緒にいるととても心地いい。 「ね、桜が咲いたら一緒にお花見しようよ。僕が桜餅を買ってくるから、暁翔はお茶をいれてね」 「わかった」 「楽しみだね」 「だな」  何気ない暁翔の日常に、雅の笑顔が溶け込んでいく。枯れかけていた草花が水を吸い、息を吹き返したように心が潤っていく。  平日は毎日、弁当屋『花江』に通い『なごみ弁当』を買った。店頭に雅がいないときは、ひどく寂しいと感じた。  ──会いたい。少しでもいいから会いたい。  自分の中で、今まで知らなかった自分が声を発する。  頻繁に通ったら鬱陶しがられるのでは。そんな心配もあったが、会えば必ずキラキラした笑顔を向けてくれるので、通わずにはいられない。

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