やがてあっという間に大雨が降り出した。 「おっと、すげえ降ってきた」 照れている場合ではない。暁翔は自宅の門扉を開け、振り返って声を上げた。 「花江君、こっち!」 「え?」 困惑する彼に手招きし「ずぶ濡れになるぞ、早く!」と叫ぶ。 「あ、は、はい!」 玄関の軒下に避難した途端、バケツをひっくり返したような雨が轟音を立てて降り始めた。暁翔はついてきた雅がずぶ濡れではないか、全身を一瞥して確認した。多少は濡れているが、ほぼ無事だったので安堵する。 「よかった。大丈夫そうだな」 「ありがとうございました。助かりました。あの……優しいんですね」 はにかんだ微笑みを向けられ、思わず鼓動が脈打った。 「い、いや、別に。大雨が降ってきたのに放っておけないだろ」 妙に胸が騒ぐ。 何はともあれ、軒下でしばらく待っていれば、雨脚は弱まるだろう。 宵闇の中、雨空を見上げ、それから隣を見遣った。 隣では柔らかな栗色の髪に、ガラスビーズのような雫をつけた雅が雨を見つめていた。長いまつげに縁取られた大きな瞳と、憂いげな表情に引き込まれる。これほど近くで彼の横顔を見るのは初めてで、ドキドキしてしまう。彼の周囲に降る雨が銀色に見えた。 (やっぱり、綺麗だ……) 弁当屋でも綺麗だと思ったけれど、間近で見る彼は透明感があって美しい。 どうしても照れてしまい、顔を背けた。弁当屋もいいが、モデルやタレントのほうが向いているのでは、と考える。 ふいに雅が「わあっ」と子どものような感嘆の声を上げた。 「暁翔さん見て! 河川敷のほうは雨が降ってないみたいですよ」 ナチュラルに下の名前を呼ばれ、一瞬ドキリとした。しかし河川敷を見た途端「ほんとだ!」と驚いた。 自分たちの周囲には大雨が降っているのに、祭りが行われている河川敷の周辺には一滴も降っていない。河川敷の見物客は誰一人傘を差していないし、打ち上げ花火は止まることなく上がっていた。 おそらく雨はこの団地の上だけに降っているのだ。局地的な大雨、ゲリラ豪雨というやつだろう。 白い稲妻が光り、大きな雷鳴が轟いた。雅が華奢な体をぶるっと震わせる。ずぶ濡れは免れたとはいえ、服は多少濡れている。このまま突っ立っていたら風邪を引くかもしれない。 「うちで、雨宿りしていく?」 探るように問うと、彼の瞳がわずかに見開いた。 「……いいんですか?」
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