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 雅は「違うよ」と言った。番組内のバラエティコーナーで秋から料理コーナーが始まるらしく、その企画に関わると言う。 「料理?」 「うん。航貴と聖哉が料理をして、僕は料理のアシスタントをするの。スタジオの隅で下ごしらえをするんだよ。ほら、よく料理番組であるでしょ。これを十五分煮ます、とか言って鍋に火をかけて、こちらが十五分煮たものですって言って別の鍋を出す。僕は十五分後の鍋を、事前に作る係り。僕はテレビには映らないんだ……」  暁翔の脳内に、はてなマークが浮かんだ。航貴はキラボで人気ナンバーワン、聖哉はナンバーツー、二人が料理コーナーのメインMCになるのは頷ける。そこへ雅が参加するのかと思ったが、違うようだ。 「料理を仕込むのは……料理人とか、専門の人がやる仕事なんじゃ」 「普通はね。キラボチャンネルは予算がないから、ちょっとしたコーナーに本職の人を使いたくないんだって。ディレクターさんに、弁当屋の息子なら料理くらいできるだろって言われちゃった」  テレビに映らず、スタジオの隅で料理を作るのは、完全に裏方の仕事である。アイドルがやる仕事ではないだろう。  暁翔に芸能界の仕事はわからないが、雅が理不尽な仕事を押しつけられたことはわかった。しかも最後の仕事に。料理人に払うギャラを惜しんで。  次第に怒りが込み上げてきた暁翔は、むくりと体を起こした。 「そんな仕事を雅にやらせるなんて、ひどくないか? ふざけんなって感じだろ」 「暁翔が怒っても仕方ないよ」 「なんで冷静でいられるんだ? 仕事、引き受けたのか?」 「まぁ、最後だし、断れる立場でもないしね」 「悔しくないのかよ!?」  雅は困ったように微笑み「僕ができる仕事なんて、こんなもんだよ」と言った。諦めの境地に達しているのか、口調も表情も穏やかである。  しかし──。  握った拳がわずかに震えていた。  わずかだけれど、力のこもった小さな拳に雅の気持ちが現れているような気がして、暁翔は気がついた。  雅が悔しくないわけがない。アイドルの仕事より『花江』での仕事のほうが仕事量は多いのに、雅は「本業はアイドル」だと言った。  それだけアイドル業には、思い入れと矜持があるのだ。ダンスの練習にも必死に取り組んでいた。  なのにアイドル業の最後が、料理を作るだけなんて。  本当は泣きたいほど悔しいのではないか。  だが、雅は今日もいつも通りの笑顔で、女装をして夏祭りを楽しんだ。笑顔になれる心持ちでは、なかっただろうに。 「雅……無理するな。俺の前では弱音を……本音を言ってほしい。辛いなら、笑わなくていいよ」 「え……」 「俺だって、雅の力になりたい。支えたい」  思わず、普段は言わないような熱いセリフが口をついて出た。  でも本気でそう思うのだ。 「暁翔……」  雅が再び寝返りを打ち、背中を見せた。 「暁翔は、優しいね。僕はずるいから……暁翔の優しさにつけ込んで、弱音を吐いたんだよ。きっと慰めてくれるって、計算したの。ずるいよね」 「別にいいよ。俺の慰めでちょっとでも気が休まるなら、いくらでも慰めるよ。俺だって、雅ならわかってくれると思ったから、劇団の話をしたんだ」  同病相憐れむ。いいじゃないか。  夢を諦める者同士、慰め合って傷を癒やせるならそれで。 「ほんとに優しいな……。どうして? 僕みたいな変なやつに、どうしてそんなに優しくしてくれるの?」 「雅は変なやつじゃないよ」 「変だよ。いい年なのに子どもっぽいし、影ではオトメンとか、痛いやつだとか言われてるんだよ?」  背中越しに聞こえる声には、悲壮感が混じっていた。  中性的な容姿や性格をからかわれ、辛い思いをしたことがあったのだろうと察せられる。 「変じゃない、絶対に。無邪気なのも、かわいいものが好きなのも、全部個性だ。雅はアイドルも弁当屋も、どっちも真面目に一生懸命やってる。変なわけない」  雅の肩を掴むと、華奢な肩は小さく震えていた。 (泣いてる?)  心配になって肩を優しくさする。  突然、雅が体を反転させ、暁翔の胸にしがみついてきた。 「ほんとはね、すごく悔しい……! 悔しくて、悔しくて……!」  涙はない。けれどかわいい顔を歪め、苦しさに耐えるように震えている。  暁翔は彼の薄い背中に腕を回した。しっかりと体を抱き締める。 「うん、悔しいよな」 「後輩達にバカにされながらでも、ずっとがんばってきたんだ。だけど、自分の力じゃもう、どうにもならない。最後がアイドルの仕事じゃなくても、やるしかない」 「うん」 「こんなかっこ悪い自分が大嫌いだよ。暁翔に甘えてる自分も嫌い。悔しい……!」  小さな後頭を撫でる。柔らかな髪の上を優しく、何度も。

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