弁当を受け取った暁翔は、姉に会釈をして店を出た。 吐く息が白い。漆黒の夜空を仰ぐと、雪がちらほらと舞っていた。コートの襟元を合わせて身震いする。 早く帰ろうと足を踏み出したとき、すぐそばに一台のタクシーが停車した。ドアが開き、車内から大学生くらいの細い男が現れる。キャメル色のコートを着て、フードを被った……。 「え……!?」 驚きのあまり、暁翔は思わず声を発した。 男が振り返り、「あ……」と口を開ける。 雅だった。 ふわふわのファーがついたフードを被り、顔を隠すようにしているけれど、間違いなく彼だ。 「ひ、久しぶり」 ドキドキしながら声をかけると、彼は困ったように下を向いた。 「う、うん」 暁翔も戸惑い、頭を掻く。会えたのは嬉しいが、唐突すぎて焦る。 「あ、あのさ、ハワイのお土産、ありがとな」 「う、ううん」 「ハイビスカスのキーホルダー、かわいかった。チョコレートもおいしそうだし。一緒に食べようって約束した……よな?」 自信のない問い方になった。 雅が目を泳がせ、曖昧な笑みを浮かべる。 「そう……だったね。でも、ごめんね。忙しいから、暁翔の家には当分行けないと思う。チョコレートは友達と食べて。じゃあね」 逃げるように、雅は店の裏へと去って行った。 「ちょ、ちょっと待ってくれ!」 素っ気ない態度にショックを受けつつ追いかける。今を逃したら、次はいつ会えるかわからない気がする。 だったらもう、言ってしまおうか。 どうせ恋人にはなれないのだ。両思いになった後のことを心配する必要はない。 暁翔は軽く周囲を見た。人気がないことを確認して深く息を吸う。 「雅に、話したいことがある。すぐに終わるから、少しだけいいか」 彼は戸惑いながらも立ち止まり「……うん」と答えた。 気持ちを伝えるタイミングがいつ、どこで、どんなシチュエーションがいいかなんてわからない。わかっているのは、好きな人への想いだけ。 緊張で鼓動がドクドクと高鳴る。それでも雅の真正面に立ち、真っ直ぐに彼を見つめ、暁翔は言葉を紡いだ。 「俺は……雅が好きだ。恋愛感情で好きなんだ」 雅が息をのみ、目を瞠った。 「でも、つき合いたいとは思ってない。諦めるために告白した」 「え……」 風が吹き、フードがはらりと脱げて雅の栗色の髪が露わになった。雪が髪に舞い落ちる。 暁翔は呆然としている彼に向かって、恐る恐る手を伸ばした。髪についた雪を優しく払う。そして指の背で、柔らかな頬にそっと触れた。二度と触れられないだろう、肌の感触を心に焼きつける。 「暁翔は……ゲイ、なの?」 雅が不安そうな声で尋ねた。 暁翔は頬から手を離し、彼の頭にフードを被せ、ポンポンと優しく叩いた。 「違うよ。いや、でも、そうなのかな。同性を好きになったのは雅が初めてだから、よくわからない」 「そう、なんだ……」 「もう連絡はしない。これできっぱり諦める」 今を区切りにしなければ、いつまで経っても彼を想ってしまいそうだ。 だれど……雅との繋がりが切れてしまうのは、あまりにも寂しい。切なくなる。 「でも、もし、これからも友達としてつき合ってくれるなら、気が向いたときに連絡をくれないかな。俺、自分の気持ちに整理をつけて、友達として接するから」 未練がましいことを言ってしまった。 友達としても無理、と言われそうで怖い。 だが雅は、コクンと頷いた。 少し、安堵する。 「それじゃ、おやすみ」 暁翔は踵を返し、大通りに向かって歩き出した。振り返らず、雪が舞う夜道を黙々と前へ進む。冷たい雪が、いっそすがすがしい。 初めて好きな人に告白した。玉砕は覚悟の上、だけどちょっぴり未練を添えて。 これでよかったんだ。 早く諦めよう。 いつかきっと、友達になれる日がくる。 一歩一歩、足を踏み出すたびに、悲しみが込み上げてきて目の前が霞む。失恋の痛みを堪え、団地の坂道を上る。 自宅に戻ってテーブルに弁当を置いた瞬間、スマホがポンと音を鳴らした。画面をタップすると、雅から短いメッセージが届いていた。 『明日の夜、テレビの歌番組に出るから見て』 連絡をくれたということは、雅は暁翔と、友達づき合いを続ける気持ちがあるということ。先ほど暁翔が提案した未練がましい頼みに、応えてくれたのだ。 早々に連絡をもらい、嬉しいような悲しいような、複雑な気分である。 暁翔は『わかった』と返信した。 とにかく早く諦めて、友達として雅のアイドル業を応援できるようになりたい。いつになるか、全くわからないけれど。
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