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 胸の中で雅のぬくもりを感じ、暁翔は吐息を漏らした。  雅が辛いときは慰めたい。悲しい思いをさせたくない。  諦めたような笑顔は似合わない。心からの笑顔にしてあげたい。  どうしてこんなにも強く、彼を大事に思うのだろう。 (これは恋愛感情、なのか……?)  体を少し離し、雅の顔を覗き込む。  彼は悲しげに目を伏せているが、先ほどよりは幾分落ちついたのだろう。もう歪みはなかった。  こんなキスができそうなほどの至近距離で、雅の顔を見つめるなんて心臓に悪い。長いまつげに色気を感じてしまうし、柔らかそうな薄紅色の唇に目が釘づけになる。  なんて綺麗なんだろう。  唇に触れたい。唇で。  甘い果実にかぶりつきたいような衝動に駆られる。  引力でもあるのか、手が勝手に、色白な雅の頬に触れた。  優しく頬を撫でる。すると、雅がゆっくりと顔を上げた。  潤んだ大きな瞳と視線が交わる。  瞬間、魔法がかかったのかもしれない。  暁翔は吸い寄せられるように、雅にキスをしようとした。 (待て! 目を覚ませ!)  脳内でもう一人の自分が警鐘を鳴らし、ギクリと体が強ばる。  目の前にいるのは男だぞ、本当にいいのか、と問いかけられた。 (でも、俺は雅のことが好きかもしれない!)  キスをしようとした自分が反論する。  ひょっとしたら雅も、同じ気持ちなのでは。そんな期待もある。手を繋ぎたいと言ったのは彼なのだ。 (それでも待て!)  友達だと思っている男からキスをされたら、雅がどれほど嫌な思いをすると思う? と問われる。好かれているかもわからないのに、早まるべきではない。最悪、嫌われるぞと。  確かにそうだ。嫌われたくない。  それに今は、落ち込んでいる雅を慰めたいのだ。  しっかりしなくては!  暁翔は気合いを入れ、自分の中から煩悩を必死に追い出した。  そして雅の背中を軽くポンポンと叩いた。これは友達同士のハグですよ、というニュアンスで。  体を離し、雅に布団をかけ直す。 「辛いときは、遠慮なく話してくれていいから。な?」 「う、うん」  雅は困惑しているような、ばつが悪そうな、なんとも言えない表情を布団で半分隠した。  目だけを覗かせる。 「なんか、ごめんね。僕、取り乱しちゃった。年上なのに恥ずかしいな」 「謝らなくていいし、年なんか関係ないって。少しはすっきりした?」  雅がコクンと頷く。 「僕、暁翔と友達になれてよかった。この年になってこんないい友達ができるなんて、思ってもみなかったよ」  友達──。  ただの、友達──。  胸に、何かが刺さったような鈍い衝撃を覚えた。 「……ああ、俺も」  雅にとって、自分は友達。  危なかった、うっかりキスをしなくて良かった、と胸をなで下ろす。キスをしたら嫌われただろう。友達でいられなくなるところだった。  ふらつきながら自分の布団に戻る。 「僕ね、吹っ切れた。もう悔しいなんて言わない。料理の仕事をちゃんとやる。今までお世話になった事務所への恩返しだと思って、最後までがんばるね」 「そっか……」 「思い切って本音を言えてよかった。暁翔のおかげだよ」  雅の澄んだ瞳には力がこもっていた。気持ちを切り替えたのだろう。もろいようで、案外強いのかもしれない。

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