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 暁翔は彼女の手からコートを取り、肩にかけた。 「寒いだろ。ほんとに風邪引くぞ」 「あんまり、優しくしないで」  梨乃の声が詰まり、ポロリと涙がこぼれる。 「やだ、こんな顔、見られたくない」 「み、見てないよ」 「お願い。ちょっとだけ、隠させて……」  梨乃が暁翔の胸にそっともたれた。  涙が消えるまで、胸を貸してほしい。消えてしまえば、いつもの自分に戻るから。  そんな気持ちが伝わってきて、暁翔は彼女の肩に優しく手を添えた。女性の甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐる。いつもは気が強い梨乃の、弱い一面に触れた気がした。  胸中でごめんな、ともう一度謝る。  そのとき、カタッと門扉が開く音がした。  視線を上げた暁翔の心臓が、ドキリと大きく鳴る。  門扉のそばに、キャメル色のコートを着た雅が呆然とした表情で立っていた。  表舞台に立つ機会が増え、芸能人らしさが増したのだろう。雅は以前にも増して、全身から光を放っているような華があった。ファーがついたコートや細身のパンツが、モデルのように似合っている。  だが華やかな雰囲気に反し、大きな瞳は暁翔と梨乃を見つめたまま、悲しげに揺れていた。今にも泣き出しそうなほどに。手には紙袋を持っており、その手も小さく震えている。 「あ、あの……ハワイのお土産、渡そうと思って」  雅は紙袋を門扉のそばに置き、踵を返した。そのまま何も言わず、走り去っていく。 「雅!」  梨乃と抱き合っているような格好を見られてしまった。暁翔は焦って彼を追いかけようとしたが、梨乃が気になり足を止める。  すると梨乃が暁翔の胸に、ギュッと抱きついてきた。 「追わないで!」 「梨乃……」  多分、雅は暁翔と梨乃の関係を誤解した。ショックを受けているように見えた。追って、違うんだと言いたい。  梨乃の肩を掴み、体を離す。 「悪い。俺は……」  雅を放っておけない。  言いかけた言葉を遮るように、梨乃が後ずさりした。 「わかってる。私には止められないんだよね。わかってるから……」  玄関の引き戸が開き、京介がドカドカと外に出てきた。 「悪いと思うたけど聞いとった。梨乃は俺に任せて、雅ちゃんを追え!」  暁翔は友情に感謝し、大きく息を吸った。 「頼む!」  スニーカーを履き直し、全力で走り出す。  外灯が等間隔に並ぶ夜の坂道を、転がるように下った。角を曲がったところでタクシーが発進し、後部座席に雅の姿が見えて「ああっ! くそ!」と叫ぶ。  諦められない!  暁翔はそのまま夜道を走り続け、弁当屋『花江』に向かった。  去年の夏に、二人で浴衣を着てそぞろ歩いた商店街を駆け抜ける。すれ違う人が全力疾走する暁翔を怪訝そうに見たが、気にしていられない。  ハアハアと肩で息をしながら、こぢんまりとした店の前に立った。  今日は日曜なので店は休みだ。二階を見ると灯りがついていた。『花江』は一階が店舗で、二階は花江家の住居になっている。  店の裏に回った。二階へ続く屋外階段を駆け上がり、花江家の玄関ドアのチャイムを鳴らした。『はい』とインターフォンに出た声は、雅の姉だった。 「夜遅くにすみません! 堂島です。あの、雅は……!」 『堂島さん? 雅ならさっき出かけたっきりよ』 「え……?」  まだ、帰っていない?

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