作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

 暁翔は冷水を浴びせられたような気分になった。  気持ちを伝えて恋人になりたいと、自分の願望だけを叶えようとしていた。雅の立場も考えず、ただ突っ走るところだった。  京介が難しい顔で「アイドルっちゅうのは、難儀な仕事やな」と唸った。 「そうだな……」と暁翔も同意する。  恋人になれたら最高だけれど、雅の足を引っ張る存在にはなりたくない。彼にはアイドルとして、これからも輝いてほしい。彼のためを思うなら、何も言わず、ただの友達でいるほうがいいのかもしれない。  梨乃がすっくと立ち上がり、バッグとコートを手に持った。 「きついこと言って、ごめん……」  そう呟き、足早にリビングを出て行く。  暁翔は彼女を追いかけ、玄関先で後ろ姿に声を発した。 「帰るのか?」 「うん、またね」 「駅まで送っていく」 「いい。タクシー呼ぶから」  玄関の引き戸がぴしゃりと閉まる。  暁翔はスニーカーをつっかけて引き戸を開け、外へ出た。  雪が降りだしそうな寒さの中、夜の中庭を走る。庭の草木はほとんどが冬枯れており、まるで冬眠しているようだ。 「梨乃! タクシーが来るまで家の中にいろよ。風邪引くぞ」  彼女の腕を掴んだ。コートを羽織っていないので、体がすでに冷えている。 「平気。ねぇ私のこと、嫌なやつだと思ったでしょ」  振り返った梨乃は、ひどく落ち込んだ顔をしていた。 「別に、俺の気持ちが周りのみんなに理解してもらえるとは思ってないよ。梨乃が受け入れられなくても、仕方ないと思う。雅の立場も、考えてなかったし……」 「立場、か……。雅ちゃんのためを思って、告白は取りやめるの?」  暁翔は彼女の腕を離し「わからない」と答えた。  告白はせず、友達でいるうちに他の人に取られたら絶対に後悔する。  どうすべきなのか、本当にわからない。 「本気で迷ってるんだね。羨ましいな……」 「え、何が?」  キョトンとなった。 「雅ちゃんが。暁翔にそんなにも想われてて、羨ましい」 「え……?」  梨乃が悲しそうに微笑んだ。 「私ね……大学の頃、暁翔が好きだったんだ」  暁翔の心臓が、トクッと脈打った。 「でも暁翔はあの頃、他の人とつき合ってたから諦めた。そのうち暁翔のことは、いい友達だと思えるようになってたのよ。でもこの前、彼氏と別れて一人になってみて、やっぱり暁翔がいいなって、思い始めて……」  暁翔にとって梨乃は、友達であり劇団の仲間だった。美人だし、かわいいと思う部分もある。だが雅を想うように強く焦がれたりはしない。 「ごめん、俺……気づかなくて」  梨乃が大きくかぶりを振った。自嘲気味に、無理に笑顔を作る。 「いいのいいの。恋愛の熱が低い暁翔なら、遠距離になっても私のことゆっくり待っててくれそうとか、家と土地を持ってるから将来結婚っていうのもありかなとか。結構、打算的なこと考えてたんだ。嫌な女でしょ。最低だよね。ほら、今日だってどんな家なのか、確認しに来たんだから」  早口でまくし立てる梨乃が切なげで、胸が痛くなる。 「ほんとにごめん……」 「私のほうこそごめんね。暁翔の好きな人が男だって知って、女として負けた気がしたの。悔しかった……。色々ひどいこと言って、ごめんなさい」  梨乃がペコリと頭を下げた。 「あ、いや……」  何と言えばいいか、言葉を見つけられない。  頭を上げた梨乃は、目に涙を溜めていた。青白い外灯の光りの中、ずっと一緒にがんばってきた美しい女性が必死に涙を堪えている。  雅を好きになる前の暁翔なら、彼女とつき合っていただろう。今度こそ、そのうち本気で好きになれると信じて。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません