初めてGIIを訪れた翌朝、千夜は再び登校前に寄り道をした。 今度は遠目からでも、看板が店先に出ていることが確認できた。 「開いてる!」 駆け足になって、息を弾ませながらガラス戸を開けていた。 カランと鈴が鳴って、今日はすぐに会計台の奥の扉から店員が出てくる。 「やあ。いらっしゃい」 「おはようございます」 駆けてきたせいで、少々息が上がっていた。上気した顔のまま、千夜は息を吸い込んだ。 「あー。良い香り」 空間一杯に漂うのは、愛する甘い香りだった。常にこの香りに包まれたまま暮らせたら、きっと何もかも上手くいく。毎日が薔薇色だろう。千夜はそんな妄想を、思わず口走りそうになった。 「本当にチョコが好きなんだね」 「はい。愛してます」 ハハ、という笑い声につられて、千夜は彼の顔を見上げた。初対面ではないので、昨日よりはいくらか冷静だ。店員の容貌を観察した千夜は、彼が印象以上に年若いのではないかと察した。 「昨日、学校帰りにも寄ったんです。まだ夕方前なのに閉店してて、驚きました」 「ああ。そうだね。昼過ぎには全て売り切れたから。早めに閉めたんだ」 「そういうものなんですか」 「うん。うちはそういうスタイル」 店員の話し口調が、突然くだけたものに変化していた。しかし千夜はさほど違和感を感じない。店員も表情が柔らかいので、きっとこの方が話しやすいのだろう。 「昨日も思ったけど、開店も早いですよね」 「そりゃ、ここを通る大体の時間を分析して……」 「え?」 「いや。混雑せず且つ客足が途絶えなさそうな時間帯を狙うと、この時間になるんだよ」 「へー。そうなんだ」 「ねえ、名前聞いていいかな」 何となく陳列台へと移動していた千夜の視線が、再び店員へと戻ってくる。 「ほら、特別な最初のお客様だから。知っておきたいな」 「佐藤千夜です」 「サトウ・チヨ……甘そうな名前だね」 「私のチョコ愛を知ってる人は、よくネタにしてからかってきますよ。『千夜子なら、もっと良かったのにね』って」 「ぷっ。そっか」 思わず吹き出した彼の相好は、少年のようだった。 「店員さんのお名前は? 聞いていいですか」 千夜の質問に、彼はほんの一瞬目を見開いたようだ。すぐに元に戻ったが。 「もちろん」 ニヤリという表現が当てはまる。そんな笑みを口元に浮かべて、彼は一歩千夜へ近づいた。 「銀。銀河の銀だよ。改めましてよろしくね、特別なお客様……千夜ちゃん」
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