銀くんは、宇宙人だった。 いや、宇宙人っていうのは違う。異星人って呼ぶ方が正しい。 私達は同じ人類で、住んでいる星が違うってだけ……だけって言うには、スケールが大きすぎて違和感が凄いけど。 彼の本当の名前は、ギー。日本語表記すると、カタカナでギー。 年齢は地球では十七歳だけど、実際はもっと長く生きているそうだ。 私が彼に感じていた年長者らしい余裕や振る舞いは、ただの勘違いでもないみたい。 ギーくん……やっぱり呼びにくいから、銀くんにしよう。 銀くんは私の願いを叶えるために、色々と頑張っていたらしい。 『チョコと同じくらい、誰かを好きになってみたい』 お姉ちゃんと流星群を見たあの夜。思わず叫んでいた、心の丈。 この願い事を、宇宙船で受け取ったらしい。 私に恋させるためにチョコレート専門店を作って、その店員を演じた。でも私はチョコレートばかりに関心を寄せて、全然振り向いてくれない。その間に、銀くんのほうが私を好きになっていたんだって。 ……その言い分は、半分はあってるけど、半分は違う。 確かにGIIのチョコに、私は一口で夢中になった。一口惚れは嘘じゃない。 だけど私は、ちゃんと人間の銀くんだって見てきた。 銀くんの「いらっしゃい」って声を聞くことが好きだった。 私のおしゃべりに楽しそうに笑ってくれる笑顔に、元気をもらってた。 GIIのチョコレートが美味しいって言うと、いつも「ありがとう」って嬉しそうにしてくれた。あの顔が一回でも多く見たくて、毎日沢山チョコレートを食べちゃった。もちろん、美味しいから食べたいって気持ちもあったんだけど……。だけどその気持ちを上回ってたことは、ちゃんと自覚してる。 ……私は銀くんを、喜ばせたかった。笑ってほしかったんだ。 自分が作ったチョコが褒められたら、きっと嬉しいはずだから……そのチョコを作っていたのは銀くんじゃなかったって知ったのは、流石に少しがっかりしたけど。 でも、幻滅なんてしてない。 「騙していてごめん……」 謝る銀くんは、とても悲しそうな顔をしていた。 違うの。私はそんな顔をさせたいんじゃない。 チョコレートは関係ない。 私は笑った顔が見たい。 謝られたいんじゃなくて、これからのことを話したいんだよ。ねえ、銀くん…… *** 「地球人にエスリのことが知られても、それほど大きな問題にはならないんだ」 イトウさんは、懇切丁寧に説明してくれた。口調は軽くて、高圧的な含みもない。少しずつ緊張もほぐれていく。私は色々と質問した。その一つ一つに、彼は嫌な顔ひとつせずに答えてくれたのだった。 「なぜならエスリ側は地球人の記憶を、簡単に操作することが可能だからね」 「記憶の操作?」 「エスリにとって不都合な記憶を消したり、作り直したり……そういうことができるってことさ」 記憶を消す。作り直す。 もしかしたら私は、記憶を消されるのかな。きっと私は、見つけてはいけないものを見つけてしまったんだ。 身体を強張らせた私を見て、画面の向こうのミィちゃんがイトウさんをつついた。 「あんまり怖がらせないであげてよ。可哀想。ねえ、大丈夫よ千夜ちゃん。悪いようにはしないって。アタシ達を見ちゃったからって、すぐに記憶を消されたりしないよ」 「そうなの……?」 「千夜ちゃんが知らないだけで、意外と地球人の中にも、エスリの存在を知ってる人間もいるんだよ? みんな秘密にしてるだけ。秘密をバラした瞬間、記憶は作り変えられちゃうからね。エスリは地球人一人一人を、監視できちゃうってこと」 「ミィ、お前。更に怖がらせるようなこと言うなよ」 「え? そんな風に聞こえちゃった?」 画面の中で、ミィちゃんとフィーさんが顔を見合わせていた。 彼らは異星人なんだ。眼の前にしていると、イマイチ実感がわかない。だけど…… 隣に立つ、銀くんを見上げた。 すぐにこちらに顔を向けた彼を見て、やはりこの人たちの言っていることは、現実なのだと思い知る。 毎日見ていた銀くんではない。 違う銀くん……ギーくんがそこにいる。 銀色の綺麗な瞳が、私をじっと見つめていた。 「千夜ちゃん」 声は変わらない。昨日と同じ真剣な口調だった。 「君が大好きだよ。愛してる。だからここで……地球で、千夜ちゃんと同じ場所で生きたいと思ったんだ。寿命が短くなっても構わない。君といられるなら……」 口元が歪んで、ギーくんは言葉を途切れさせた。 辛そうな顔。そんな顔してほしくない。私はあなたを、喜ばせたかったんだ。 「銀くん、私ね……」 今日伝えたかった言葉を、口にしようとした。 けれど思い切りの悪い私の声は、イトウさんの言葉に被せられる形で、聞こえなくなってしまった。 「ギー、千夜ちゃん。今から三つ、君たちに選択肢をあげる」 ギーくんの唇が、きゅっと引き結ばれるのを見た。彼の顔は画面へと戻っていく。私は言い損ねた言葉を飲み込んで、彼と同じ場所に視線を移した。 飲み込んだ言葉を、いつ解放しようか。 そんなことを考えながら、私はイトウさんの説明を聞いていた。
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