まともに顔を突き合わせたのは、半年ぶりだった。学校で見かけることはあったし、お互いに視線がぶつかることもあった。その度にどちらともなく目を逸らして、気づかなかったふりを続けてきたのだ。円満とは言い難い破局をしたのだから、そんなものである。 「千夜も受験、終わったんだよな」 「うん」 「S校受かったんだったな」 「うん」 「おめでとう」 「ありがとう。彰午くんも推薦だったよね。そっちは……」 「T校だよ」 「第一望校受かったんだ。おめでとう」 「どうも」 まだ付き合っていた頃。たった二ヶ月だけだったが、毎日一緒だったこともあり、それなりに濃度は濃かったのだと千夜は思い当たっていた。 進路について話をし、図書館で一緒に勉強をした日もあった。 『同じ高校に行けたら良いね。俺、千夜と同じS校にする』 提案した彰午に対して、 『自分が行きたいと思う学校にするべきだよ。彰午くんは、本当はバスケの強いT校に行きたいんでしょ』 と返したことを覚えている。 『うん……じゃあ、千夜もT校……』 『私はS校って決めてるから』 『そう……』 間違ったことを言っただろうか? そんなはずはないと確信がある一方、もっと言い方は工夫できたのではないかと振り返る。この会話の時、千夜は手元の数学のノートにばかり集中して、彰午の目すら見ていなかった。 「本当にチョコが好きだな」 過去から意識を引き戻したのは、彰午の声だった。眉根を下げて笑う彼の顔を、久しぶりに見た。 「うん……。彰午くんは」 ――好きだったっけ……? あぁ、私、彰午くんがチョコを好きなのかさえ、知らなかったんだ 自分の薄情っぷりに改めて愕然とした。千夜が会話の続きを気まずそうに飲みこんだ様子を見ても、彰午の表情は揺るがなかった。付き合っていた頃は、こんな時には決まって彼は顔を不満げに歪めたものだ。 「俺、今日は彼女と来てるんだ」 「そっか」 千夜が何かを考え出す前に、彰午の名を呼ぶ高い声が聞こえた。後方から彼の腕に腕を絡ませたのは、千夜の知らない人だった。 「誰? この子。知り合い?」 千夜を観察して、あからさまに気に入らなさそうな声を出している。華やかな容貌の少女だった。 「私、中学の同級生で……」 「元カノだよ」 無難な説明を述べようとした千夜の言葉を遮ったのは、故意にだろうか。 ぎょっとして怪訝な顔を向けた千夜の方は見ずに、彰午は隣の恋人に説明を続けた。 「話したことあっただろ。薄情で冷たいやつだって」 自分を指した言葉に、凍りつく。 「ふーん。この子なんだ。人は見た目によらないね?」 「だろ。こんな人畜無害そうな顔して、めっちゃ冷淡なの。そのくせチョコレートバカでさ、チョコの話してる時だけ別人みたいに楽しそうなんだ。ついていけないよなぁ」 「ふふっ。なにそれ」 完全に二人だけの世界に入っているが、話題にされているのは千夜である。しかも貶されている。嘲るような、歪んだ優越感に満ちた視線が度々送られてきた。 「私、もう行くね」 千夜が留まる理由はなかった。立ち去ろうとした時、彰午が鼻で笑いながらこんな言葉を投げてよこした。 「一人で来たんだろ? ここで物色したチョコ、どうせ持ち帰って一人で食うんだよな。人よりもチョコに夢中なチョコバカだもんな。寂しいやつ」 腹が立ったのは、貶されたからではない。こんなに腐った本性を持った男のことを、真剣に好きになろうとしていた過去が、恥ずかしくなったからだった。 「お前と別れて良かったよ。志望校にも受かったし、新しい彼女もできて楽しいし」 悪意を含んだ笑い声が、周囲の喧騒から浮かび出てきて千夜の耳にまとわりつく。不愉快なのに、振り切れない。 ――早くここを離れなきゃ 千夜が踵を返そうとした時だった。 「よかった! やっと見つけた」 人混みの中から伸びてきた大きな手に、千夜の手が絡め取られていた。
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